2020.08.13インタビュー

対談連載【金融ビジネス/最前線の変革者達 No.10】 一般社団法人第二地方銀行協会 企画部副部長 榎本清人氏 「第二地銀のデジタル化戦略と情報発信」

榎本清人氏(一般社団法人第二地方銀行協会 企画部副部長)

聞き手:大原啓一(株式会社日本資産運用基盤グループ 代表取締役社長)

「フィンテックを活用したデジタル化戦略」は、決して首都圏に所在する大手行のものだけではありません。全国各所に所在する第二地方銀行協会の会員行(以下、「会員行」という)の間でも、デジタル化に向けたさまざまな取組みが行われています。そのひとつが、第二地方銀行協会が立ち上げた「SARBLAB(サーブラボ)」です。今回はSARBLABの中心人物である第二地方銀行協会 企画部の榎本清人副部長にお話をお聞かせ頂きました。

第二地方銀行協会の実験場

大原   第二地方銀行協会では2019年6月に「SARBLAB」という、オープンイノベーションのための組織を立ち上げました。会員行がデジタライゼーションに対応するため、イノベーションの観点から幅広い分野との外部連携を行い、顧客視点でのビジネス改善と創出を図るための情報提供や意見交換を行うことが目的であるということですが、どのような活動をされているのですか。

榎本   これまでの経緯から説明しますと、今から4年前にフィンテック研究会を立ち上げました。当時、メガバンクが専門部署を立ち上げてフィンテックに取り組み始めたこともあり、私たちもまずは情報収集する必要があるということでスタートしたのが、フィンテック研究会で、そこでの成果を踏まえて2019年6月に立ち上がったのが、SARBLABです。

フィンテック研究会は協会活動の一環としての位置付けが色濃く、会員行全行を対象に、識者を招いて講演会をしてもらったり、フィンテック企業の経営者をお招きしてどのようなサービスを提供されているのかを話してもらったりして、情報提供を主に行っていました。

現在のSARBLABはメンバーシップ制なので、参加するかしないかは会員行の判断に委ねられています。2020年度におけるSARBLABのメンバー行は、第二地方銀行協会の会員行38行のうち32行です。

大原   SARBLABの中心となる機能は共同研究や情報収集だと思うのですが、何かを決定する機能は持っているのですか。

榎本   決定機関ではありません。協会の常勤役員がよく言っているのは、「第二地方銀行協会の実験場」ということです。協会にはいろいろな会議があって、それらは決める場であり、クローズな世界です。でも、フィンテックはそういうクローズな世界に馴染まないので、協会のルールから多少はみ出ても、いろいろなことをやっていこうではないかということになっています。まさに実験場です。だから、FacebookやTwitterで発信する情報についても、協会としてこういう情報を載せろといった要請もありません。あくまでも私が情報を選んで発信しています。

大原   アクセス数はいかがですか。

榎本   徐々に増えてきました。現在、SARBLABのTwitterが月間で14万アクセスくらいですね。SARBLABのアドバイザーをお願いしている㈱デジタルベースキャピタルの桜井代表パートナーから「積極的に情報発信をしないと認知度が上がらないから、とにかくどんどん情報発信したほうがよい」とアドバイスされました。1日で30件くらいはつぶやいています。それこそ土日も夏休みもひたすら情報発信です。

情報のハブ機能で情報共有を促進

大原   第二地方銀行協会のなかで、SARBLABの立ち位置はどういうものですか。

榎本   会員行はもともと「無尽」という組織がベースになっています。無尽は日本独自の金融の仕組みで、地域のお金を地域に融通することによって経済活動を支える。お互いの信頼感で地域の問題を解決する。そういう役割を担ってきました。それが相互銀行になり、さらに第二地方銀行へと呼び名が変わってきたわけですが、求められる役割は無尽の時と変わりません。それが現在、38行あります。

第二地方銀行協会は会員行をサポートすることが目的であり、3年前に打ち立てた協会の事業計画からミッションとビジョンを掲げました。ミッションは「会員行のお役に立ち、それを通じて社会のお役に立つ」。ビジョンは3つのコア機能を掲げていて、それは「情報のハブ機能」、「実務の支援機能」、「人材の育成支援機能」になります。この3つのコア機能を通じて、会員行の取り組みを支援するのが協会の役割だと認識しています。

それでSARBLABの位置づけですが、先ほども申し上げたように会員行や会員行との連携を望む外部企業を含めた出島というか実験場ですね。業界外部の知見を積極的に活用し、従来の発想に囚われず、試行錯誤を繰り返しながら、地域のお役に立つことを考えていくプラットフォームだと考えています。

大原   3つのコア機能を掲げたビジョンはSARBLABも共有しているのですか。

榎本   特に情報のハブ機能ですね。情報はとても大切なのですが、個々の会員行が自行内に持っていても十分に活用し切れないケースがあります。だから協会がハブとなって各会員行が持っている情報を吸い上げ、それを他の会員行に広めていくという役割を担っています。もちろん、それはSARBLABに限ったことではなく、同じような取り組みを協会全体で行っています。

情報のハブ機能についてもう少しお話しすると、当初は協会が金融庁や日銀から得た情報を会員行に還元するケースが多かったのですが、今は金融庁や日銀の情報はもちろんですが、SARBLABがデジタル分野など金融界以外の情報も積極的に収集・還元しているほか、会員行が持っている情報も共有できるようにして、情報が一か所に滞留しないようにしています。

大原   私、資産運用業界の出身なのですが、そもそも同業他社はライバルという意識が強いので、業界団体はあっても、そこを通じて情報を共有するというカルチャーはなかったように感じています。そういう意味で、会員行が情報をシェア出来ているという環境がつくられていることに驚いています。

榎本   元々、第二地銀は極く一部の例外を除くと、営業エリアがほとんどバッティングしていないこともあり、銀行同士で情報交換する素地はあったと言えます。そこに、徐々に協会がいろいろな情報を発信し始めたことによって、会員行も情報を自分のところに留めず、他行と共有する意識が一層広まっていきました。もちろん、個別の営業戦略に関わるような情報は別ですが、ある程度一般化できる情報については広く会員行間で共有することが普通に行われています。

SARBLABが持つ3つの機能

大原   こうした情報共有の流れをつくることは、SARBLABを設立した時から考えていたのですか。

榎本   スタートアップの方と意見交換する機会が増えて、加盟行の中には徐々にそうした意識が芽生えてきたように思います。ただ、地域金融機関をはじめとして、金融業界全体の収益環境が厳しくなるなか、単独で生き残るためには相当の努力が必要です。会員各行の営業戦略は独自で策定されるべきことですが、行内の事務の効率化など共同で出来ることはどんどん一緒にやって、コストを下げようという雰囲気が広まってきました。情報についても同じで、出来るだけ共有していこうということにつながってきたように思えます。

大原   フィンテック研究会をSARBLABに衣替えしたきっかけは何だったのですか。

榎本   フィンテック研究会は情報収集の意味合いが強かったため、スタートアップの経営者に講演してもらってお話を伺うというのがメインだったわけですが、オープンイノベーション検討会に衣替えし、今のSARBLABに至る過程で、外部企業との交流が主目的となってきました。具体的には、スタートアップ企業にピッチをしてもらったり、商談会を行ったりするようになりました。

大原   商談会というのは、具体的にはどういうことをするのですか。

榎本   たとえばRPAをテーマにして8社くらいのスタートアップ企業に集まってもらい、ピッチをやって、興味を持ったメンバー行とスタートアップ企業との間で個別に商談を進めてもらうのです。

金融機関とスタートアップ企業って本当にいろいろ異なる点があります。たとえばサービスを作る際にも、スタートアップは徹底的にお客様目線です。お客様にとって使い勝手の良いものは何かを徹底的に考えてサービスを作り込んでいきますし、スモールスタートといって、新しいサービスを始めるに際してはまず小さい規模からスタートさせ、試行錯誤を繰り返しながら徐々に大きくしていく。お客様目線の発想が銀行はやや不得手かもしれませんね。また、情報発信力もスピード感も、銀行はスタートアップ企業に比べて少しビハインドしているかもしれません。こうしたスタートアップ企業の感性に慣れるためには、金融機関の側から近づいていかなければなりません。こうしてオープンイノベーション検討会とフィンテック研究会が立ち上がり、スタートアップとの交流を深めることによって、だいぶスタートアップ企業の考え方が理解できるようになりました。

大原   SARBLABはフィンテック研究会とオープンイノベーション検討会の延長線上にあると考えればよろしいのですね。

榎本   そうです。フィンテック研究会とオープンイノベーション検討会は協会の会議のひとつでしたが、SARBLABはメンバー行だけでなくスタートアップ企業も一緒に参加できる集まりになっています。そして、そこには3つの機能を持たせています。

第一はミートアップで、メンバー行とスタートアップ企業が交流する場です。

第二はプロジェクトで、メンバー行とスタートアップ企業が交流した後、スタートアップ企業が提供する特定のサービスについてメンバー行が興味を持ったら、どんどん深堀して協業も考えていただく。

そして第三は人材の育成です。具体的にプロジェクトを進めるためにはデジタル人材が必要なので、デザイン思考のワークショップを実施しながらデジタル人材を育成していきます。

大原   デジタル人材を育成することによって、メンバー行にはどのようなメリットが生まれるのでしょうか。

榎本   第二地方銀行協会に加盟している銀行のお客様は中小企業が中心です。大企業になると、自らが最新のデジタル技術を駆使してビジネスを展開しているケースが見られますが、中小企業は人材も限られていますから、どうしてもデジタル技術の導入において出遅れ気味になっている感じが否めません。

そこで第二地方銀行協会の会員行が、デジタル技術を容易に扱える人材の育成を進めれば、自行のデジタル化に寄与するのはもちろんですが、同時にお取引先がデジタル化に興味を持ち、実際にそれを導入するためのコンサルティングビジネスが成り立つのではないかと考えました。

たとえばRPA(ロボテック・プロセス・オートメーション)などは、なかなか関心の高いテーマなので、今年2月にミートアップを開催し、パネルディスカッションや意見交換会などを開催しました。このミートアップには、メンバー行のお客様である中小企業にもRPAを浸透させようという狙いがありました。

2020年度のテーマは非対面・非接触

大原   ミートアップやプロジェクトに関して具体的な成果は上がっていますか。

榎本   RPAに関してはミートアップを行い、メンバー行が良いと思ったスタートアップ企業のRPAを導入するという動きにつながりました。

またミートアップやプロジェクトでメンバー行の関心が高かった企業やサービスは何かをアンケート調査したうえで、関心度が高いスタートアップ企業3社について協業を持ちかけました。㈱ココペリ、iYell㈱、ロボット投信㈱がそれです。㈱ココペリは10行、iYell㈱は2行が導入し、ロボット投信㈱は2行がPOCを実施しました。

以上がプロジェクトの成果です。昨年は25社のスタートアップ企業と交流を持つことが出来ました。しかも、以前はこちらからお願いしてやっとスタートアップ企業が参加して下さったのですが、今は月に2、3社のスタートアップ企業が、プレゼンテーションを行いたいということで、SARBLABを訪れてくれています。

大原   SARBLABがスタートして1年ですが、この成果は凄いと思います。今後はどのような取組みに力を入れていくのですか。

榎本   非対面・非接触のビジネスモデルをどのように描くかをテーマにして、これからいろいろなことを考えていきたいと思います。

ちょうどコロナ禍が問題になっていた3月、2020年度のSARBLABに何を期待するのかをメンバー行と意見交換しました。そこで非対面・非接触を2020年度のSARBLABのテーマにしようという話が持ち上がったのです。

2020年度は、銀行サイドの課題としてオンライン融資、クラウドファンディング、窓口のリモート化、ペーパーレス化やハンコレス化への取組みも検討しようと考えています。また、これは現段階では第二地銀にとっては少し難しいテーマになりますが、ブロックチェーンですね。銀行の実務を支援するのが狙いですが、ブロックチェーンを用いた情報の共有管理について検討していきたいと思います。さらに、先程お話したココペリ㈱との協業実績を生かし、コロナウイルス感染症の影響で販売が激減している加盟行のお客様支援を目的に本年7月に立ち上げた「第二地銀協加盟行の絆でコロナに勝とう!」プロジェクトの進化系として、同社とECサイトの構築や、ビジネスマッチングの一層の進化型を検討していきます。

大原   第二地方銀行のデジタル化はどの程度進んでいるのですか。

榎本   第二地方銀行は比較的経営資源があるところもあれば、そうでないところもあって、一律には論じられない面があります。そのため、デジタル化ニーズも多様化していて、どこに焦点を当てれば良いのかは、無理にフォーカスせずに、多種多様な方向性を打ち出して、結果的に会員行のお役に立ちたいというのが、事務局の考え方です。

ただ、コロナ禍のなかで、コミュニケーション手段としてリモートが積極的に取り入れられたことによって、リモートとリアルを上手にバランスさせれば、多様なデジタルニーズに機動的に対応できることに我々は気づきました。

そのアイデアのひとつが電子会議室で、自社のサービスを提案したいと考えるスタートアップ企業が自分で提案動画を制作し、それを電子会議室に入れておくと、メンバー行がそれを見に来る。関心があればテレビ会議を使って、提案動画よりも詳しい内容をスタートアップ企業に提案してもらうという流れを構築する予定です。

大原   デジタライゼーションの仕組みをデジタライゼーションするわけですね。ますますSARBLABの活躍する場が広がっていきますね。

榎本   実はSARBLABはこの秋からツインラボになります。今までのSARBLABはSARBLAB-Digitalに承継され、これに加えてSARBLAB-SDGsを新たに立ち上げます。

SARBLAB-SDGsは文字通りSDGsについて検討する場として機能させます。具体的には、地域課題を解決するとともに、リレバンの進化といったテーマについていろいろと知恵を絞り、加盟行の役立つ情報発信が出来ればと思います。そして、SDGsの課題に関しても、デジタルを使うことが解決策に繋がる気がしています。そういう意味では、2つのSARBLABが共鳴し合っていくことが、我々の狙いでもあります。

大原   SARBLABの枠組みを用いることによって、さまざまな枠組みが出来そうですね。今日は、ありがとうございました。

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