2021.09.28インタビュー

対談連載【金融ビジネス/これからの「顧客本位の業務運営」 No.2】株式会社日経リサーチ ソリューション本部 金融ソリューションマネージャー 森岡園深氏「顧客アンケートと従業員の意識調査でお客様から選ばれる金融機関になる」

森岡園深氏(株式会社日経リサーチ ソリューション本部 金融ソリューションマネージャー)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)

「顧客本位の業務運営を行うにはどうすれば良いのか」。恐らく多くの金融機関がこの点について考え、試行錯誤を繰り返しているところでしょう。顧客本位を確立するには、お客様の声を聞き、同時に社内の従業員への浸透度をリサーチする必要があります。そこをどのように行えば良いのか。今回は日経リサーチで金融機関の顧客アンケート調査などに携わっている森岡園深氏に、それらの要点を伺いました。

顧客アンケートと従業員の意識調査の重要性

長澤  金融庁が「顧客本位の業務運営に関する原則」を採択して4年が経過しました。各金融機関がこのテーマに取り組むうえで大事なのは、どうやって他社との差別化をはかり、お客様から選んでいただける金融機関になるか、ということだと思うのですが、そのためにはまずお客様の意識を把握するための顧客アンケート調査、そして現場で「顧客本位の業務運営」に取り組む従業員の意識調査が必要だと考えています。

そこで今回、それらを専門に行っていらっしゃる日経リサーチの森岡さんにお話を伺っていきたいと思いますが、まず日経リサーチがどういう形で金融機関の顧客アンケート調査や従業員の意識調査を行っているのかについて教えて下さい。

森岡  弊社が金融機関の顧客調査を行うようになってから、かれこれ30年くらいが経っています。

そして2017年に「顧客本位の業務運営に関する原則」が公表されて以降、さらに顧客調査のご相談が増えてきました。金融機関が顧客本位の業務運営を遂行するにあたっては、やはりその浸透度合いを測る必要がありますが、そのためには2つのポイントがあります。

一つ目は、お客様を知ることです。まずは、お客様の取引情報、ホームページやコールセンターに寄せられる意見や苦情、SNSに上げられるお客様の口コミなど、集まってくる情報から、お客様の意見や行動を把握します。

また、弊社が行っているようなアンケート調査を用いてお客様の声を吸い上げることも大事です。これは集まってくる情報に比べて、構造的にお客様を理解できます。どういう状況のもとで、どういうことがきっかけで、なぜこの商品を選んで、どこで引っ掛かって困っているのかという、お客様の行動だけではなくインサイトを理解するためにも、アンケート調査は欠かせません。

そしてニつ目ですが、従業員の声ですね。日頃からお客様と向き合っている従業員の声を拾うことも大事だと思います。従業員満足度(ES)の向上が顧客満足度(CS)の向上につながるとされており、従業員の意識を把握するためアンケート調査を行っている金融機関もあります。アンケートをうまく活用すれば、問題意識や進むべき方向性を従業員と共有し、意識を統一することができます。ただ、従来のアンケート調査は、人事部主導で会社へのロイヤルティやエンゲージメント関連の質問設計となり、顧客アンケートとの関連性は薄くなりがちです。そこで顧客と日々接する営業担当者向けの顧客アンケートとの関連性を意識した質問設計とすることで、営業担当者の会社に対する意識だけではなく、日ごろの営業活動の自己評価と顧客の評価とのギャップを分析し、改善につなげることができます。

また、自社の調査だけではなく、第三者機関が行う調査を活用して客観的な評価をみることもできます。弊社でも金融機関から委託された調査だけでなく、金融機関のお客様を理解するために自主的に行っている調査が2つあります。

ひとつが金融機関顧客評価調査「金融METER®で、一般個人が利用している金融機関150社について、どう評価しているのかをリサーチしています。回答者の性別、年齢、職業といった基本的な属性だけでなく、たとえば金融に対する意識とか、金融リテラシーといった切り口で、金融機関がどう評価されているのかを見ることができます。

そして、もうひとつは生活者金融定点調査「金融RADAR®で、こちらは首都圏の一般個人を対象にして、その金融行動や金融意識を調査したものです。預貯金や株式、投資信託、保険、クレジットカード、電子マネーなどさまざまな金融商品・サービスの利用状況やニーズなどが分かります。

顧客アンケートのポイント

長澤  一言で「顧客アンケート」といっても、顧客属性は富裕層から資産形成層、投資未経験者、退職者、勤労者などさまざまですし、時代によって切り口も変わっていくと思うのですが、最近の顧客アンケートはどういう狙いがあって行うものなのかを教えて下さい。

森岡  従来の顧客アンケート調査は、顧客の満足度をどの程度獲得できているのか、どこに課題があるのかを分析して、全社的な品質チェックや経営戦略を立案するのに役立てられました。そのため支店やネットバンキング、営業担当者などチャネル別に、全方位的に尋ねるような調査票でした。

今の主流は、全社的な品質チェックや経営戦略の立案に用いられるのはもちろんですが、それに加えて顧客属性や取引内容ごとにターゲット顧客をより細分化したセグメント別に分析し、経営戦略に活かされています。

このような従来型の調査は「リレーショナル調査」と呼ばれ、年1回程度の頻度で、調査時点での総合的な評価を調査するものが主流でしたが、最近は「トランザクション調査」といって、タッチポイントでの顧客体験の直後にスピーディーに調査を行い、それを営業現場に戻して業務改善につなげていくという取り組みも増えています。リレーショナル調査とトランザクション調査を両輪にして連動しながら回していくことが大事になります。

長澤  タッチポイントというのは、たとえば新規契約の時とか、契約から1カ月、あるいは1年が経過した時、満期が来た時など金融機関と接点があった際それぞれについてお客様が何を思ったのか、また昨年来のコロナ禍においてお客様がどのような不安を抱いたのかといったことを汲み取っていくということですね。それを現場にフィードバックしていくということですが、これは営業店ごとでも行われているのですか。

森岡  営業店ごともありますし、営業担当者ごとにフィードバックすることを求める金融機関も増えています。お客様の声をすぐに届けられるので、スピーディーな改善につながっているようです。

長澤  顧客満足度にもさまざまな測り方があるかと思うのですが、質問を設定する際にどのようなことを留意していますか。質問の聞き方によって回答が変わってきてしまうということもあるかと思うのですが。

森岡  調査を始める前に行うことは、調査の目的は何なのか、調査データを何に活用するのか、どのような課題を解決したいのか、といった点を整理してから、調査票を作成していただくことです。まずそれを決めてから、調査対象者、調査方法などを決めていきます。まずこれが一番大事です。

次に大事なのは、アンケート調査を行うにしても顧客目線を持つということです。この手のアンケート調査を行う時は、聞きたいことがいろいろあって質問項目が多くなりすぎてしまい、複雑難解になる恐れがあります。だからこそ調査の目的をはっきりさせたうえで、質問項目を削ぎ落していく必要があります。

また調査票を作成するにあたっては、闇雲に作るのではなく、事前に仮説を整理しておくことです。お客様が情報を収集して金融商品を購入する、再購入する、継続利用するまでにどういうことが起りえるのかを、カスタマージャーニーなどのフレームワークを使って落とし込みます。

お客様との接点を増やすことがロイヤルティ向上につながる

長澤  調査方法はインターネットが主流ですか。それとも郵送を活用するのでしょうか。

森岡  高齢のお客様に配慮して、これまでは郵送をメインで行う金融機関がほとんどでした。

ただ、新型コロナウィルスの影響やDXを推進していくなかで、インターネット調査を積極的に導入するケースも増えてきています。

ただ、インターネット調査の場合、あくまでもインターネットで回答できる集団の結果でしかありませんから、金融機関の業態によっては調査結果がお客様全体の縮図にならない恐れがあります。やはりインターネット・リテラシーが低いお客様に対してどうケアするかということも、合わせて考えていく必要があります。

長澤  お客様からの評価を測定する方法として、顧客満足度などさまざまなものがありますが、最近の金融機関は何に指標を置いているのですか。

森岡  従来はCSに指標を置くのが主流でしたが、今は顧客ロイヤルティを測る指標を導入する金融機関が増えています。

CSは80~90%という水準で高止まりしているケースが多いので、改善点が見えづらいという欠点がありますし、その時は満足していても他に乗り換えてしまうこともあります。お客様の金融機関に対する愛着ですとか、信頼といったロイヤルティ予測が難しいという問題があります。そういった欠点、問題点を補完するために顧客ロイヤルティ測定指標の活用が増えています。主な指標として、NPS® がありますが、これは「この企業を友人や同僚に勧める可能性はどのくらいあるのか」を0~10点の11段階で回答してもらうものです。

ただ、NPSも万能ではありません。特に金融業界のように生活に密着したインフラ業界は、他の業界に比べてNPSが低い傾向があり、かつ他の人に勧める行為が自分の信頼、評価につながるため、投資などの金融商品を扱う金融機関の場合、どうしても低くなります。そのため最近は、CSやNPSに拘らず、各社がそれぞれ最適な指標を探し、新たに開発する動きも出てきています。

※Net Promoter®およびNPS®は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。

長澤  これまで行われたアンケート調査のなかで、金融機関の皆さんの参考になるような事項があれば教えていただけますか。

森岡  「金融METER」では、金融機関を評価する指標としてCS、NPSに加えてCESという指標も用いています。これは「Customer Effort Score」の略で、「顧客努力指標」などと訳されるのですが、つまりお客様が金融機関との取引や手続きの際に、必要以上に努力せずに済むようなサービスを提供できているかどうかを図る指標です。

これを見ると、ネット・流通系銀行は高めになる一方、生命保険は低めになります。この結果を見ると、やはり生命保険は手続きの煩雑さが現れていると考えられますし、この調査はインターネット調査なので、どうしてもネット・流通系銀行のスコアは高くなりがちです。

またNPSについて、とあるメガバンクのスコアなのですが、「相談や説明、提案が行われる」、「ニーズのヒアリングが行われる」、「説明や提案がニーズに合致する」という順に、NPSが改善されていく傾向が見られました。お客様に対して適切な何かを提供できる提案がなされると、NPSは上がるのです。

こうした結果を見ると、常にお客様と接点を持ち、お客様の話を聞いてニーズを探り、お客様に適切な提案が出来ると、お客様の金融機関に対するロイヤルティが改善することが分かります。

お客様に寄り添うことで選ばれる金融機関になれる

長澤  お客様に寄り添うことが大事だということですね。ただ、顧客満足度が上がったとしても、金融機関にとっては収益性が向上しないとビジネスの継続性が無くなってしまいます。アンケート調査の結果を踏まえて、それが収益性の向上やお客様からの預かり資産増加に活用できている事例はありますか。

森岡  分析事例と施策実行という2つの面から説明しましょう。分析事例としては、各金融機関のマーケティング戦略に沿って、お客様の預かり資産や資産背景をヒアリングしてニーズを把握し、重要なターゲット層に効果的なアプローチが出来ているかどうかを確認します。

またお客様との接点や商品・サービスのどこを改善するとロイヤルティ指標が向上するかを分析して、施策化する際の優先順位を確認します。

次に施策化に関してですが、重要なのはロイヤルティ指標を測定するだけでなく、その指標を用いて進捗管理や成功に向けた枠組みを作ることです。

それには、顧客アンケートの結果から構造的な問題や要因分析を行って、会社全体の戦略や組織的な施策を実行する大きなループと、現場レベルの改善点を見つけて改善策を実行し、次のアンケート調査でその効果を検証するという小さなループの両方を回していくことです。

長澤  コロナ禍で金融機関の顧客接点が変わりつつあると思われますが、アンケート調査の結果に変化は見られますか。

森岡  「金融RADAR」にて、情報収集・相談、購入・申し込み、解約手続きのそれぞれについて、金融機関の店頭で担当者と対面で行いたいか、それともインターネット上で行いたいかを聞いたところ、店頭で行いたいという人は2020年がコロナ禍で減少したものの、2021年は若干盛り返しました。コロナ禍も2年目になり、ワクチン接種も進んだことで、店頭で情報収集や相談、購入・申し込みなどを行いたいというニーズが戻っているのかもしれません。

またこれらをネットで行いたいというニーズは、傾向としてこれからも増えていくと思います。

ただ、金融商品やサービス別でみると、生命保険商品や相続に関しては店頭で相談したいというニーズが他の商品よりも比較的高めに出ています。これらについては顧客に寄り添ったサービス提供が大事であるということです。

長澤  お客様から選ばれる金融機関になるためには、どういう点に留意すれば良いのでしょうか。

森岡  まずは、お客様に寄り添い、お客様を知ることが大事だと思います。そのうえで施策や枠組みを作る際にも顧客目線を忘れてはならないと思います。

長澤  ありがとうございました。

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