2020.06.03インタビュー

対談連載【金融ビジネス/最前線の変革者達 No.7】 一般社団法人公的保険アドバイザー協会代表理事 𡈽川尚己氏 「公的保険の知識を広め、顧客本位の金融サービスを実現する」

𡈽川尚己氏(一般社団法人公的保険アドバイザー協会 代表理事)

聞き手:大原啓一(株式会社日本資産運用基盤グループ 代表取締役社長)

一般社団法人公的保険アドバイザー協会は、健康保険や介護保険、雇用保険、年金保険という公的保険について幅広い知識を持つ人材を育成しています。今回は、同協会の𡈽川尚己代表理事に、協会を立ち上げたきっかけ、民間保険業界との関連性や業界展望、金融サービスのオンライン化による変化の行方などについてお話を伺いました。

協会設立の経緯

大原   本日は、アフターコロナの世界において資産運用や保険のアドバイス、提案がどう変わっていくのかについて、名案企画と公的保険アドバイザー協会という2つの組織で代表を務めていらっしゃる𡈽川さんにお考えをお聞きしたいと思います。まず最初に、𡈽川さんが代表理事を務めていらっしゃる、一般社団法人公的保険アドバイザー協会の立ち上げ経緯から教えて頂けますか。

𡈽川   公的保険アドバイザー協会の立ち上げは6年前のことです。ご紹介いただきましたように、私は公的保険アドバイザー協会以外に、名案企画という保険代理店の支援を行う会社の代表も務めています。当時、ファイナンシャルプランナーの山中伸枝さんと、保険代理店は今後どういう保険サービスを提供していくべきなのか、というのををディスカッションしました。その時、公的保険だけではカバーし切れない部分をふまえて民間の商品で補っていくことが大事であり、それをお客様にしっかり説明できるアドバイザーを育成しなければという話で盛り上がったのが、協会設立のきっかけです。

大原   アドバイザーの育成は最初から順調でしたか。

𡈽川   協会を設立する前に2回ほどセミナーを開催したのですが、結論から申し上げますと失敗に終わりました。その時は「公的保険を知れば保険商品が売れる」みたいなタイトルで、公的保険についてひたすら説明するというものでした。参加者は保険の資格を持っている人が中心で、中にはFP資格を持っている方もいらっしゃったのですが、残念ながら評価を得られませんでした。

大原   どのような声が多かったのですか。

𡈽川   「勉強にはなったけど、やっぱり公的保険は難しいよね…」という意見が多く聞かれましたね。講義用に100ページもあるレジュメを作り、参加者の皆さんに公的保険の知識は伝えたけれども、その知識を踏まえた上で、日ごろの業務にどう活かせば良いのかという点にまで落とし込めなかったのが原因だと思いました。

大原   協会を設立したのは何がきっかけだったのですか。

𡈽川   その後2年ほど特に活動しなかったのですが、その間に金融庁が「顧客本位の業務運営」を採択し、まっとうな形で金融サービスを提供しなければならないという雰囲気が広まってきたこともあり、もう一度チャレンジしてみようということになりました。ただ、前回失敗していますから、同じ轍を踏むわけにはいきません。なので、もう少し分かりやすく、アクションにつなげやすい内容にしようということで、いろいろ考えを巡らせて出てきたアイデアが、「ねんきん定期便」だったのです。

「ねんきん定期便」は国の生命保険証券

大原   「ねんきん定期便」って、言ってしまえばただのハガキじゃないですか。それだけでセミナーが出来るほどのものなのですか。

𡈽川   今、私たちが開催している公的保険マスターセミナーは、ひたすら「ねんきん定期便」について6時間をかけて説明するものなのですが、それでも時間が足りないくらいです。そのくらいの情報が、あのハガキの裏表には詰まっています。公的保険といっても年金保険、健康保険、介護保険、雇用保険等、様々な種類がありますが、生活者にとって一番難解で、かつ将来不安に直結している公的年金について、きちっと説明できるアドバイザーを育成する必要があります。そもそも生命保険の募集をする人も、公的年金の知識が無ければ、将来の資産形成をどうするのか、万が一の補償をどのように準備するのか、障害状態になった時の補償をどうするのかといった話に踏み込んでいくことが出来ないはずです。ですから、まずは公的保険について全体像を把握してもらい、お客様一人ひとりの「ねんきん定期便」をチェックしたうえで、公的保険だけでは賄いきれない部分を民間の金融・保険サービスで補うという、まっとうな提案が出来る人材を育成しています。

大原   公的保険で賄いきれない部分を民間金融サービスで、というのはとても腹落ちする話ですが、保険の募集人やIFAを名乗っている人たちは、そこをきちっと理解出来ているのでしょうか。

𡈽川   正直、理解にはバラツキがあると思います。私自身、損害保険会社の出身で、その後は生損保併売が認められてからは担当代理店で生命保険の研修も行いましたが、そのなかで公的保険の教育に絞って詳細に実施したことはありませんでした。結局、研修の場で何を教えていたのかというと、極端に言えば他の生命保険会社の契約をいかにひっくり返すかというテクニカルなことばかりだったように思います。

大原   「ねんきん定期便」がいかに重要なものか分かりました。でも、そうなると「ねんきん定期便」の使い方を知らずに保険を販売することの危うさを懸念してしまいます。結構、怖いことですよね。

𡈽川   まさにそうなんです。私たちは「ねんきん定期便」のことを、国の生命保険証券だと言っています。なので、保険ビジネスに関わっている人たちに対しては、国の生命保険証券である「ねんきん定期便」をまずチェックしてから、民間の保険商品についてアドバイスしましょうと言うと、すっと腹落ちしてくれます。そもそも保険業界の人もそうですし、FPの方たちもそうなのですが、[公的年金は保険である]ということを再認識することが重要だと思います。メディアは、「保険料をいくら積み立てた結果、生涯においてこれだけの年金が受け取れて、この程度のリターンになる」といった積立商品のような報じ方しかしません。しかし、それらは明らかに誤解を招く表現であり、実際そのような認識の人がほとんどではないでしょうか。

大原   𡈽川さんの古巣の損害保険業界ならまだしも、生命保険業界にいる人で公的年金の知識が足りないというのは、ちょっと驚きです。

𡈽川   これは公的保険あるあるなのですが、公的保険で一定の補償が受けられるとなれば民間保険が必要なくなるという誤解をしている人も一部にはいます。公的保険はあくまでも最低保障ですから、それだけで生活者が満足できる保障をすべてカバーするのは困難です。だからこそ、自助努力の一環として民間保険も活用する選択肢がありますし、それをしっかりお客様に伝えることが大事なのだという話をすると、すっと理解してくれます。

大原   証券や銀行にも同じ文脈が通じそうですね。豊かな生活を送るのに必要な資産形成をするうえで、まずは公的保険を理解して、それだけではカバーできない部分を自助で資産運用するということが言えるのではないでしょうか。

𡈽川   おっしゃるとおりです。今や国民の大半が老後の備えをしなければならないという共通認識を持っているのですが、問題はどのくらい用意すれば良いのかが分かっていません。だから「老後2,000万円問題」が炎上するわけです。自分が将来、いつからどのくらいの年金を受け取れるのかが分かっていれば、あんな炎上の仕方はしなかったはずです。それだけ生活者は公的年金のことを理解出来ていませんし、今まで公的年金について誰からも、何の説明も受けて来なかったことの証拠です。以前、生命保険文化センターが行ったアンケートで、将来への不安を抱える人が8割もいるという結果がでました。しかも、そのうちのさらに8割は年金に対して不安を抱いており、年金の何が不安なのかについては、大勢の人が「将来受け取れる年金額が分からないから」という理由を挙げていました。

保険代理店の課題

大原   𡈽川さんは名案企画の代表として保険代理店への経営アドバイスもされていますが、こうした現場での経営課題とは何でしょうか。

𡈽川   損害保険については保険料率が上がっていることもあるのか、保険料収入は落ちていませんから、環境そのものは決して悪くなっているわけではないと思います。ただ、保険代理店の経営者が高齢であるということも多く、以前から世代交代が大きな課題になっています。これは他の中小企業もそうですが、後継者不足です。なので、損害をメインとした保険代理店に関しては、合併も含めた業界再編の動きが今後も広まっていくでしょう。実際、大手の損害保険会社は、地域の中核代理店を集約して、いまよりももっと大胆に数を少なくしていくべきと考えています。

大原   生命保険の代理店はどうなのでしょうか。

𡈽川   損保をほとんど取り扱わない生命保険がメインの代理店ではあまりこの手の話は聞きません。ちなみに損害保険の代理店はもともと小規模で、その多くは家族経営で、自分の子供を後継者にする流れが一般的でした。ところが最近はそれもなかなかうまく行かず、代替わりが出来ないまま現在に至っているのです。

大原   そうなると、小規模な代理店が連合を組むことによって、経営規模が大きな代理店のようになっていくということでしょうか。

𡈽川   既にそういう動きになっています。銀行系など大規模代理店は専業代理店の買収には非常に熱心です。また、損害保険会社は自前で直資の保険代理店を持っていますから、後継者難などの課題を抱える代理店を吸収する動きも出ています。

大原   金融商品仲介業者になって業態転換を図るような保険代理店も出てくるのでしょうか。

𡈽川   興味は持っていると思います。なぜなら保険ビジネスだけではお客様の人生100年の伴走者になれないからです。保険商品は万が一のリスクに備えるものであり、万が一の残りは長生きのリスクですから、それに対するソリューションを提供することが重要になってきます。その意味で金融仲介業にも広げていきたいところですが、既存の保険だけをビジネスにしてきた代理店が、すぐに業態転換できるかはなかなか難しいでしょうね。人材投資も必要ですし、日常業務で手一杯なところもそれを阻害する要因だと思います。

大原   日常業務で手一杯というのは。

𡈽川   損害保険は1年ごとに満期が来ますから、契約更新の手続きが常にあります。その合間に新規獲得や保全活動、事故処理なのが発生するので、どうしても代理店がこなせる作業量に物理的な上限が出来てしまいます。逆に言うと、満期があることで収益が安定しているので、新しい分野に乗り出すインセンティブが働きにくいとも言えます。逆に、生命保険をメインにしている代理店は、資産形成サービスなどを既に始めているところもありますので、同じ保険代理店といっても二極化していくでしょうね。

金融サービスのオンライン化は進むか

大原   証券や銀行は、金融商品をお客様に販売してからのアフターフォローをほとんどしません。保険業界はどうなのでしょうか。

𡈽川   生命保険系の代理店は特に弱いように思います。収益構造として、とにかく新しい顧客獲得に力を入れざるを得ませんから、新規開拓力はあってもアフターフォローはどうしても弱くなります。ただ、一部の代理店は、逆にアフターフォローこそが大事だということで、そこに力を入れるところも出てきました。

大原   業界内では、アフターフォローをしない文化だからという言い訳がまかり通っていますが、アフターフォローでちゃんと対価を受け取れる仕組みにすれば、恐らく20年でも30年でもアフターフォローをし続けるはずだというのが、私自身の仮説です。

𡈽川   生命保険商品の場合、継続コミッションがあるので、本当はアフターフォローをする義務はあるはずなのですが、コミッションの形態によっては利益幅が薄く、加入して一定期間をすぎれば受け取れなくなるものもありますから、長期でアフターフォローをするインセンティブが働かないのが現状だと思います。

大原   お客様と投資顧問契約を締結し、半年に1回くらいは訪問して運用状況を説明し、今後の方針を伝えるといったアフターフォローをして、その代わり運用資産残高に対して一定率のフィーをもらう形にすれば、アフターフォローを真剣にやろうと思う人が増えると思います。私たちはそういうビジネススキームを広めていきたいと考えています。

𡈽川   そうですね。あともうひとつ、アフターフォローが定着しない理由はコストがかかることです。担当者がお客様のところを訪問する以上、移動コストがかかります。それが遠距離になったら、それこそ赤字になってしまいます。ただ、その点については今回の新型コロナウイルスの影響で、オンライン面談が普及する可能性が非常に高まってきました。オンライン面談が普及すれば移動コストがかかりませんし、特約を見直したい、あるいは家族が1人増えたので保障内容を見直したいといった細かい要望に対応できるようになります。年老いた親が契約をする際に、遠くに離れて住んでいる子供も一緒に契約内容を確認するといったこともできますから、トラブルも減るのではないでしょうか。私は今回のコロナ問題で一気にオンラインシフトが進み、金融サービスの質が向上するのではないかと考えています。

大原   保険業界はオンラインシフトについてどのように反応していますか。

𡈽川   保険商品を販売するにあたって、業法上、リアルの対面でなければいけないという決まりはありません。オンライン面談でも問題はないのですが、まだ保険会社側がオンラインシフトに抵抗があるようです。保険募集の第一次選択はリアル対面でなければ駄目だという意見は多く聞こえてくるのですが、オンライン面談であれば十分に確認できます。とはいえ、現状まだオンライン面談にさまざまな制限があることをふまえると、別のところに理由があるのかもしれませんね。

大原   もしオンライン面談が中心になったら、保守的な保険会社や代理店は大変かも知れませんね。

𡈽川   リモートワークが盛んになりましたし、恐らくこれからは商談もオンラインで、というところが増えていくと思います。既に様々なビジネスがオンラインでの面談を積極的に展開していますので、保険だけは別、とはいかなくなるでしょう。今はコロナの影響でリアルなオフラインでの面談が制限されていますが、収束した後も、オフライン、オンラインを組み合わせたハイブリッドな面談スタイルが定着することと思います。そのためにも、今は積極的にオンラインを積極的に取り組んでいくべきだと思います。

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