2021.11.08インタビュー

対談連載【金融ビジネス/最前線の変革者達 No.23】 株式会社サーバーワークス代表取締役社長 大石 良氏 「経営の覚悟が問われる金融機関のクラウド活用戦略」

大石 良氏(株式会社サーバーワークス 代表取締役社長)
聞き手:大原啓一(株式会社日本資産運用基盤グループ 代表取締役社長)

株式会社サーバーワークスは、AWS(アマゾンウェブサービス)を用いた業務効率化の提案からシステム設計、運用まで一貫して行うクラウドインテグレーターです。そのビジネスが金融とどう関わってくるのか、なぜ今、金融機関経営にクラウド活用が必須とされているのかなど、代表取締役社長の大石良氏に伺いました。

クラウドを用いたビジネス課題の解決を目指す

大原  今回は金融ビジネスそのものではありませんが、間接的に金融ビジネスと関わりがあるシステム関連のビジネスについて取り上げさせていただきます。

株式会社サーバーワークスの大石社長は、総合商社の丸紅でインターネット関連ビジネスの企画・営業に従事された後、2000年に株式会社サーバーワークスを設立。AWS(アマゾンウェブサービス)というクラウドサービスの導入支援を中心にビジネスを展開していらっしゃいます。

まず、御社がどういうお仕事をされているのか、ということからお話しいただけますか。

大石  弊社はAWSに特化したインテグレーション事業とサービスを提供しているクラウドインテグレーターです。

AWSとは、180以上のさまざまなウェブサービスの集合体と考えて下さい。コンピューティングからストレージ、データベース、機械学習、AI、データレイク、分析、IoTなど、多岐にわたるサービスが用意されていて、最高レベルのセキュリティのもとで、これらを利用できます。

私たちは、こうした多岐にわたるAWSのサービスをどのように組み合わせれば、お客様のビジネス上の課題を解決できるのかについてコンサルティングしながら、AWSの導入を促進しているのですが、ポイントはコンサルティングができることだと思っています。

今、申し上げたように、AWSには200近いサービスがあるので、何をどのように組み合わせれば、お客様の課題を解決するうえで最適な組み合わせになるのかを、個々のお客様自身で考えるのが非常に難しいのですが、そこに私たちが入ることで、システムの設計から運用まで一貫してサポートできます。

それと、弊社はAWS専業をうたっていますが、今年からグーグルクラウドのサービスもスタートしました。

人口減少時代の最適な人材配置を考える

大原  弊社・日本資産運用基盤グループの事業は金融機関がメインのお客様となりますが、一番の付加価値は、単にサービスを提供するだけではなく、お客様に問題提議と課題設定をさせて頂いたうえで、その経営・事業課題に対する適切なソリューションとしてサービスをご提供させて頂いているところだと考えていますが、御社の強みや付加価値もそれと同じ側面があるように思いました。

大石  そうですね。私たちの仕事はクラウドインテグレーターであり、大原さんのところは金融ビジネスを中核としたソリューション提供ですから、一見すると全く異なるビジネスのように見えるのですが、根っこは同じだと認識しています。

根っこの問題意識を深掘ると、大原さんも私も、行き着くところは、企業における人材の戦略的配置を進めることじゃないかと思います。これから日本は人口がどんどん減っていきます。それも高齢者が増える一方で、現役世代の人口減少が顕著になっていくので、どの分野でも人材不足に陥ります。

でも、人が足りないからといって、一人あたりの作業量を増やすのでは根本的な解決になりません。作業の効率化をはかるのと同時に、既存の従業員をより高度な仕事に従事させるような環境を整える必要があります。そのためには、単純な事務作業などをどんどんクラウドサービスに移行させて、従業員は本当の意味で付加価値を高められるような仕事を遂行していくことが大事だと考えています。

大原  そうですね。確かに問題意識は同じです。弊社の場合、金融機関が営む有価証券運用業務や、投資信託委託事業、個人向け投資一任運用事業等の裏側の業務工程をアウトソースして頂いているのですが、これによって当該金融機関は、自分たちの付加価値を最も発揮できる仕事に、優秀な人材を多く配賦し、事業成長に集中することが出来るようになります。

ミドル・バック工程をアウトソースすることで、コストの低減効果も得られますが、それはあくまでも副次的効果であり、本当に大事なのは、人材を始めとする戦略資産を最適なところに再配置することにあると考えています。

大石  戦略的かつ最適な人材の再配置は、企業経営の明暗を分けるほど重要になってくるでしょうね。

とはいえ現状においては、まだ切迫感のない企業も少なくありません。たとえば地域銀行などは、地元では一番人気の高い就職先だったりするので、あまり苦労せずに優秀な人材を集めることが出来ます。

そうなると、クラウドサービスを活用して業務の効率化をはかり、優秀な人材にはより高度な仕事に従事してもらうという意識が芽生えにくいのですが、いつまでもそのような働かせ方をしていると、徐々に人が集まらなくなります。

大原  そういう話って、現場の人に説明して理解してもらえますか。

大石  現場の方々にソリューション提案をさせて頂く時は、既存の古くなったシステムをクラウドにすることで、長期的に安定した運用ができるようにしましょうという話をするのですが、たとえば銀行ですと頭取クラスに説明差し上げる際には、クラウド化の直接的なメリットを説明するというよりも、たとえば人材採用にメリットがあるという話をさせてもらいます。

大原  頭取クラスになると、そのようなお話には強い興味を示されるのではないでしょうか。

大石  人口が減っていくなかで、人材確保をどうするかは日本企業にとって共通の課題だと思います。

今までは就職希望者に対して会社の数が少なかったので、会社が採用する人材を選べました。でも、これからは人がどんどん減っていきますから、両者の立場は逆転します。つまり就職希望者に比べて会社の数が上回っていきますから、会社が就職希望者から選ばれる側になります。

この先、両者の関係が再び逆転することはありません。そこに気付いている会社は、デジタルを活用した人材の再配置を進めていますが、一方で何もしない会社は人材採用の面で非常に厳しい状況に追い込まれていくでしょう。人口が減っていくなかでは、社員に選んでもらえる会社にならなければなりませんし、優秀な人材に定着してもらわないと、会社は成長できません。優秀な人材を確保し、付加価値の高い仕事に携わってもらう。それを実現するためにクラウドを活用した業務の効率化を進める。これは明確な経営課題といっても良いでしょう。

経営トップのコミットメントが大事

大原  今から5年ほど前は、金融機関でクラウドサービスを活用しているところは皆無だったと記憶しているのですが、今の状況はどうですか。

大石  大分、クラウドに対する理解力は高まってきたと思います。特に、2020年初頭からのコロナ禍で、クラウドを活用する動きは加速しました。

ただ、クラウドの活用が増えたのと同時に、システム障害も増えました。まだクラウドサービスが黎明期ということもあって、中途半端な設定でクラウドを活用して障害が起こると、「クラウドなんてわけの分からないものを使うからこういうことになるんだ」といったクレームを、そこかしこで耳にしました。

ただ、クラウドで生じた障害は、ちゃんとした専門家が間に入って設計し直せば、ほぼ確実に解消できます。

以前、東証のシステムがダウンした時、金融庁が指導を行ったのですが、この内容が秀逸でした。システムダウンを二度と引き起こさないようにというのではなく、何か障害が発生した時でもすぐに修復できるアジリティやレジリエンスの考え方こそが大事だと指導したのです。

そもそもコンピュータ自体が故障するものですから、大事なのはそういう状況に直面した時、すぐに復旧できるように日頃からトラブル対応のリハーサルをやっておくことだと思います。

大原  金融業界でクラウドの導入に積極的なのはどのような金融機関ですか。

大石  経営のコミットメントがある金融機関です。例えば、琉球銀行ですね。経営トップの方々が時代の流れをよく捉えていて、クラウド化が琉球銀行の業務改善に寄与するにはまだ時間を必要とするけれども、今のうちからいろいろなことを学びたいということで、弊社に若手行員を送り込んでいらっしゃいます。弊社もクラウド導入後のオペレーションの流れや会議の仕方、人事など多方面について見ていただき、学んでいただいております。

大原  金融業界全体を見た時、クラウド導入に対する反応はどうですか。

大石  正直、これからだと思います。琉球銀行のようなケースは稀ですね。

大原  金融業界でクラウド導入が進まないのは、クラウドに対する理解力が足りないからですか。

大石  それもあるかと思いますが、人材の問題が結構大きいと思います。銀行のシステム業務に配属された若手行員は、まずシステムの保守に回されます。そこで5年程度キャリアを積んでから、係長、課長と昇進して権限を持たされるという流れですが、これでは若くて優秀な人材が育ちませんし、恐らく残らないでしょう。若い人にこそ、積極的に新しいシステムを導入するための企画立案の仕事をさせるとか、これまで使っていたコストが100だとして、それを1や2で回せるようなシステムを考えさせるとか、そういう仕事をさせて人材を育てていかないとダメだと思います。

大石社長と琉球銀行の川上頭取(サーバーワークス社HPより)

大原  そのなかで、琉球銀行が積極的にクラウドを導入できたのはなぜですか。

大石  これは経営トップの理解と強いコミットメントですね。たまたま琉球銀行の場合、経営トップがとてもコンピュータに精通しておられて、ITの勘所を的確に抑えていらっしゃいました。

大事なのは若くて優秀な人材を採用して定着させること。そのためには社内のオペレーションを変えなければ駄目で、支店の統廃合によって利益を捻出しても、次世代の成長はない。だからこそデジタルシフトであり、それを実現するために、AWSに精通した弊社と協業したい、というのがプロジェクトをスタートさせたきっかけです。

もちろん支店の統廃合もある程度行いますが、それだけで終わらせるのではなく、たとえばコールセンターの仕組みをAWSの中に構築するとか、お客様との対応もある程度までアレクサで出来るようにするとか、実店舗で行われているお客様とのリレーションをデジタルでアーカイブするといったことが考えられます。

大原  現場では人材育成がボトルネックであるのと同時に、クラウドの導入は会社全体のオペレーション、会社の仕組みそのものを変えるものであるだけに、大きな方針、戦略を決めて取り掛かる必要があり、だからこそ経営トップの理解と強いコミットメントが大事ということですね。

大石  そうです。もちろんボトムアップで出来ることも多いのですが、たとえばクラウドの導入によって業務工程の一部をアウトソースする場合、当然、その業務が要らなくなります。それは組織変革の問題になりますし、人材の再配置も必要になるので、やはりトップダウンで進める必要がありますし、経営トップのコミットメントが重要になります。

マルチクラウドサービスの狙い

大原  ところでサーバーワークスは創業が2000年で、AWS専業のサービス提供は2009年からですが、この間はどうされていたのですか。

大石  それまでは大学入試試験の合否案内サービスを行っていました。ただ、このシステムって合格通知の日しか使われないので、実稼働は年1回だけなのですね。それなのに莫大な資金をかけてシステム投資を行い、かつ稼働しない364日はひたすら保守のためのコストを払い続けなければなりませんから、非常に無駄な多いのです。

そんな時、アマゾンがAWSというサービスをスタートさせたことを知り、社内エンジニアと一緒に触ってみたところ、社内サーバーが無くても、仮想の社内サーバーをクラウド上に持って、それをインターネット経由で自由に使えることが分かり、2008年には社内サーバー購入禁止令を出しました。それで実験的にAWSを用いてサービスを提供したら、非常に効率的であることを実感し、2009年からは全面、AWSに切り替えました。

大原  東日本大震災の時にも、AWSが活躍したそうですね。

大石  はい。震災直後、日本赤十字社のサイトにはたくさんの問い合わせが殺到してアクセスが急増しました。どこに行けば緊急医療を受けられるのか、ボランティアはどうやって申し込めば良いのか、義援金の窓口はどこなのか、といったことで回線がパンク寸前になったのです。

その時、すでに弊社はAWSのメリットを熟知していましたから、AWSの仮想サーバーに日本赤十字社のサーバーを移して、アクセス集中を回避するという対処を行いました。これを30分程度の作業で行ったら、今度は義援金の管理システムも作って欲しいということになり、48時間でアプリケーションをつくり、対応しました。その後2年ほど義援金の管理システムを運用しましたが、一度もダウンしませんでした。

大原  グーグルクラウドのサービスも開始されたとのことですが、これはどういう狙いがあるのですか。

大石  クラウドの活用があらゆる会社で進むのは、もはや既定路線です。クラウドサービスの代表的なところには、AWSを筆頭にマイクロソフトのアジュール、グーグルのグーグルクラウド等があります。それら異なる種類のクラウドサービスを同時に使うというのが一般的なマルチクラウドのイメージだと思うのですが、実はそれは正確ではありません。AWSを全てのインフラとし、その上にアジュールやグーグルクラウドを載せて、それぞれが提供しているサービスを有機的に繋いでいくのが、本当にあるべきマルチクラウド戦略の狙いです。これを実現するために、グーグルクラウドの取り扱いに参入しました。

これによって、例えばAWSをインフラにして電話の仕組みをクラウドに持っていき、グーグルクラウドでお客様との会話データをテキスト化し、その会話データをセールスフォースというCRMツールに流し込み、CRM情報を拡充するといった使い方が出来るようになります。このようにさまざまなクラウドサービスと連携を図ることによって、お客様のニーズにきめ細かく対応できると考えています。

大原  今後、どのような方向にビジネスを展開していこうと考えていますか。

大石  今のビジネスを徹底的に伸ばしていこうと考えています。大原さんも同じ問題意識をお持ちかと存じます。すべての話の起点は今後、日本の人口が減少傾向にあることです。それもほぼ不可逆的に減っていきます。そのなかでいかに生産性の向上をはかり、経済成長を維持していくかが求められますし、それに資するサービスを提供し続けていきたいと思います。

大原  ありがとうございました。

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