2022.07.07インタビュー

対談連載【金融ビジネス/これからの「顧客本位の業務運営」 No.13】ナレッジバンク株式会社代表取締役社長 岡田武士氏「ゴールベースアプローチを、単なる販売手法ではなく、企業理念から考える」

岡田武士氏(ナレッジバンク株式会社代表取締役社長)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)

(写真撮影の時だけマスクを外させて頂いています)

岡田さんは広告会社でコピーライターとして活躍された後、ソニー生命に転職。代理店営業を経験してから本社の企画、教育、営業支援部門の統括部長や子会社の代表取締役を経験されました。女性外務員が職域を回って保険をセールスする、従来の保険営業とは全く異なる、独自の営業ノウハウを、アドバイザー研修にどう活かしていくのかなどを伺いました。

営業は小手先のスキルではなく、顧客に向かう姿勢が重要

長澤  岡田さんのキャリアはソニー生命が中心で、ソニー銀行でも住宅ローンや投資信託の対面販売部門の責任者をされていましたが、営業現場の最前線にいて何か想うことはありましたか。

岡田  長年、営業部門に在籍した中で、確信を持っていることが一つあります。それは継続して売れる人というのは、目先の損得ではなく、お客様の人生を真剣に考えている「姿勢」に共通点があるように思っています。

そういう意味では、自分自身が1994年に広告業界から保険業界に転職して、最初の入社時研修で衝撃を受けました。

研修期間は1週間くらいだったと記憶しているのですが、まず、自分たちが何のために存在するのか、何のために活動するのかを徹底的に叩き込まれました。いわゆる企業理念ですね。業績を上げることは大事ですが、企業理念に合わない行動によってもたらされる業績は不要であること。顧客第一の姿勢で、お客様に喜ばれる活動を通じて結果を出していくべきだ、ということを教わりました。

とはいえ、正直なところ、「営業なので、それは方便であって、現実は違うんじゃないかな」と穿った見方もしていたのですが、営業現場に配属されて上司や先輩の行動言動がブレていないことに驚きを感じました。

今でも覚えているのですが、ソニー生命の基本使命には、「合理的な生命保険と質の高いサービスを提供することによって、顧客の経済的保障と安定を図る」と記載されています。一見すると、きわめて当たり前のことで、最初は、「ふーん、こんなものかな」という程度の理解でした。

その後、さまざまな研修や上司・同僚との会話を通じて、『合理的な生命保険とは』『質の高いサービスの提供とは』『顧客の経済的保障と安定を図るとは』という言葉に込められた意味と期待されている行動を深く考えることによって、私自身の営業が変化してきたように感じています。

あらゆる企業が企業理念を掲げて活動しています。HPを見ても、必ず会社概要欄に記されていますが、そもそも社員は自社の理念を知っているのだろうか?意味を理解して活動している社員はどれだけいるのだろうか?経営トップからすべての社員が、同じ考え方で統一されているのだろうか?

ここに、お客様から支持される会社かどうか、一つのヒントが隠れている気がします。

笑い話ですが、研修の話題でよくあるケースが、「なにか、すぐに売れるような必殺技はありませんか?」「毎日忙しいので、短期間ですぐに成果の上がる研修はありませんか?」といったご要望です。

まずは小手先のスキルをいかに磨くかよりも、会社の存在意義と提供価値を深く考えたほうが、結果的には近道のような気がしています。

属人的ではなく、科学的かつ理論に基づいた営業スタイルへ

長澤  ソニー生命の後、ソニー銀行のタイアップマーケティング部長をされています。その2年後にナレッジバンクを立ち上げたわけですが、その経緯を教えて下さい。

岡田  長年、ライフプランニングに基づいた生命保険の提案を行ってきましたが、ソニー銀行に移り、資産運用の対面販売部門を担当しました。そこで研究してみると、「人生100年時代」と言われるなか、日本において資産運用、資産形成を、しっかりとした根拠に基づいて提案していく必要性を痛感しました。要は、「儲かる、儲からない、上がった、下がった」ではなく、ライフプランや人生の目的に合わせた資産運用提案をしているケースがまだまだ少ないのでは、と思ったことがきっかけです。

また、ソニー生命子会社の保険ショップ「リプラ」で、保険と住宅ローンを同時に提案していた経験からも、これからは資産運用、生命保険、住宅ローンをワンストップで相談できる環境を創る必要があると考えるようになりました。

そのためには、保険代理店がIFA業務も取り組むことが近道ではないかと考えたのが、ナレッジバンク創業につながっています。

長澤  確かに、生命保険がライフプランニングに基づいて提案されているというお話は、資産運用にも応用できるところがあるように思います。

金融機関向けの営業研修では、同じようなことをお話しされているのですか?

岡田  そうですね。思い返してみると、私が入社したころの生命保険営業は、GNP(義理・人情・プレゼント)と揶揄されているような状況でした。そのような中において、ソニー生命の営業は非常に科学的であり、理論に基づいたものでした。

創業の経緯から、米国のノウハウが多く取り入れられており、具体的な手法が体系的に整理されていました。なかには、直訳っぽいナレーションが入ったアメリカ人の模範ロープレビデオが何本もあり、当時セリフを覚えてしまうくらい何度も視聴していました。

営業において大切なのは、セールスパーソンが売りたいものを売るのではなく、お客様が必要なもの、欲しいと思うものを提供することではないでしょうか。

「お客様が欲しいと思うものを提供する」と言うのは簡単ですが、必要性が潜在化しているケースが多いため、セールスパーソンは、お客様が本当に必要としているもの、望んでいることを察知しなければなりません。

そのためには、上手に「話す」能力よりも、聞く(Hear)、聴く(Listen)、訊く(Ask)という3つの「きく」能力が求められるのです。

最近、証券会社の方から、保険会社とはセールスのやり方が違う。保険は『納得』セールスだが、証券は『説得』セールスだともお聞きします。ただ、それはこの数年の話であって、過去は保険もしゃべり倒す『説得』セールスでした。今は、証券会社や銀行が、理論に基づいた営業スタイルに変えていく好機だと感じています。

学んだ知識を、ロールプレイングで「できる」力に引き上げる

長澤  今般、ご縁があってQUICK社と弊社(JAMP)で提供するゴールベース型ラップサービスのプラットフォーマー様、アドバイザー金融機関様向けの「ゴールベースアプローチ研修プログラム」を共同で開発させていただきました。その際特に注力した点があれば教えて下さい。

岡田  この数年間、米国のゴールベースアプローチ手法について、多くの方からご教授いただいたり、調査・研究を行ったりしてきました。その中で、法制度の違いや対象顧客層の違いなども考えていくと、海外の手法そのままではなく、日本の現状に焼き直す必要性を痛感しました。これは、生命保険で、米国の手法を参考にしながら、日本の顧客層や感情に合わせて、独自発展させてきたところと同じかと思います。

そのうえで、「ゴールベースアプローチ」のそもそもの考え方でもありますが、「お客様は、何のために資産運用を行うのか」をスタートに考えました。

ライフプランニングありきで商品提案を行うスタイルに慣れている私からすると、人生の目的や夢、希望を明確にしないで、「お金を殖やしましょう」「お金に働いてもらいましょう」という話は、なんだかお金に囚われているように感じるところもあります。

多くの人は幸せな人生を過ごしたいのではないでしょうか。しかし、幸せな人生のためには、その人なりのお金が必要になってきます。このため、「お客様一人ひとりの人生」を主語に置きながら、「そのための手段としての資産運用提案」という流れで、全体のプログラムを構成しています。

IFAや金融機関のアドバイザーの皆様は、お客様の幸せは何かに耳を傾け、その幸せを実現するためにはいくらのお金が必要で、準備するための方法は何かを、対話を通じて、お客様自身に気付いていただけるようにする必要があります。

「何のため」「いつまで」「いくら」。これがゴールベースアプローチでいうところのヒアリングになります。

アフターフォローにおいても「12-4-2」という言葉がありますが、機械的な毎月の電話や年2回の面談は、全く何の意味もありません。運用成果の報告はもちろんですが、最初にヒアリングしたご要望の変化や、新しい関心事やお悩みを聴き続ける。こうしたお客様の伴走者(コーチ)としての関係性を作っていくことが重要だと考えています。

また、私たちセールスパーソンは、自分が理解した内容を、わかりやすくお伝えし、最終的にはご契約をいただける能力が必要です。このため、今回の研修プログラムでは、知識をレクチャーするだけではなく、伝える能力を「できる」レベルに引き上げることに注力しています。

スポーツも同じですが、理論を学んだだけでは上達しません。ロールプレイングという繰り返しの練習でスキルが磨かれていきます。

ところが営業の現場では、ロールプレイングを嫌がる人が大勢いらっしゃいます。自分自身の仕事なのに、全く練習しようとしないのです。なのに、ゴルフとなると、毎週高いお金を払って、練習に行っています(笑)。

スポーツの世界では、ビデオによる分析や対策が普及しています。最近のゴルフレッスンでは、スイングをビデオに撮り、それを観ながらヘッドスピードやボールのスピン量といったデータを突き合わせた指導なども見られます。ビデオに撮った自分の姿は、思い描いている姿と全く違うことがリアルに表されます。

営業のロールプレイングも同じです。自分の姿をビデオに撮らないと、自分の実態がわかりません。かっこ悪くても、その姿が、毎回商談で繰り広げられているのです。

大切なのは、自分と向き合うことです。常に、自分の姿をビデオに撮りながら、コーチと共に改善点を探る。最終的には、コーチがいなくても自分で改善点を見つけられるような仕組みをつくる。これを継続することで、営業の原理原則と基本が身につけられるはずです。

私たちのロールプレイングは、大勢の前で見世物にするようなやり方はしていません。自分の姿を自分で撮影し、確認し、自分で修正点を見つけていきます。そのうえで、私たちコーチが、個人別にチェックポイントをプロの視点からアドバイスして修正していくスタイルなので、ストレスなく取り組んでいただけると思っています。

人間が介在する意味のあるサービスとは

長澤  お客様から信頼されるアドバイザーになるために、アドバイザーは何を心がけるべきでしょうか。

岡田  ゴールベースアプローチは、ご契約時はスタートに過ぎません。本当の「納品」は、10年、20年先のお客様のゴール時点、という遠い将来のお約束をしています。

したがって、販売する会社は、これから長期間にわたり、本当に伴走してくれる会社なのか。あるいはアドバイザー個人についても信頼のおける人物なのか。また、異動などで担当者が変わった時、しっかり後任者がフォローできる体制になっているのかといった点も、お客様から問われてくるのではないでしょうか。

長澤  最後に、他行・他社と差別化をはかり、お客様から選ばれる金融機関となるためには、どういう点に留意すべきと考えますか。

岡田  金融商品も、それ以外の消費財も、商売の原理原則は同じだと考えています。商品だけを並べる、売り手が売りたいものを提案する、自分の利益を優先して考える、そんな商売のやり方では、恐らく永続発展はできないでしょう。

私は、営業の勉強がてら、マンションギャラリーや自動車ディーラーにも、時々足を運んでいるのですが、相変わらず商品特性だけを訴えてくるセールスパーソンが多いなか、最近は、要望確認をしっかり行う人も増えてきたように感じます。聞いてみると、営業の体系的なトレーニングを受けているそうです。

金融機関は果たしてどうでしょうか。お客様が何に悩み、どういう不安を抱えているのか、あるいは何をしたいかといった「本音」をご存じでしょうか。

「実は、、」という本音を聴きだすことこそ、まだAIやネットにはできない分野であり、人が介在する意味があると信じています。

最初に企業理念の話をさせていただきましたが、多くの金融機関は地域のお客様を幸せにするといった趣旨の理念を掲げています。ここに込められている意味合いを、社員全員が日常の行動に変えていけば、地域の人が豊かになり、地域産業が発展し、そこに暮らしたいという人が増えていくのではないでしょうか?

私も、銀行に在籍しておりましたので、金融機関の厳しい現状や、短期的収益の重要性も理解しておりますが、ゴールベースアプローチという手法は、お客様とともに繁栄していくという企業理念とは非常に親和性が高いと感じています。

だからこそ、このような新しいお客様志向のスタイルにチャレンジする金融機関が、選ばれるようになるのではないかと期待しています。

長澤  ありがとうございました。

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