2021.05.12インタビュー

対談連載【金融ビジネス/最前線の変革者達 No.18】 株式会社ファンベースカンパニー 代表取締役社長/CEO 津田匡保氏 「ファンと共に成長する、ファンベースという考え方」

津田匡保氏(株式会社ファンベースカンパニー 代表取締役社長/CEO)
聞き手:大原啓一(株式会社日本資産運用基盤グループ 代表取締役社長)

日本の証券会社の雄、野村証券を擁する野村ホールディングス株式会社、アライドアーキテクツ株式会社、佐藤尚之の個人による3者の共同出資で、ファンベースカンパニーという企画支援会社を設立。社内外のファンをベースにして経営やマーケティングを行っていく「ファンベース」という考え方を軸に、現在さまざまな企業・団体と協業しています。なぜ、証券ビジネスをメインとする野村ホールディングスが、企画支援会社を共同設立したのか。その狙いと今後の展開などについて、株式会社ファンベースカンパニー代表取締役社長/CEOの津田匡保氏に伺いました。

顧客満足度向上のためのコラボレーション

大原  野村ホールディングスという、どこをどう切ってもどっぷり証券会社が、アライドアーキテクツと佐藤尚之氏個人と共同出資して、ファンベースカンパニーという企画支援会社を共同創業したことに興味を持ちました。そもそもなぜ野村ホールディングスが、一見畑違いとも思える分野に進出したのでしょうか。

津田  きっかけは弊社の会長でコミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之が2018年に書いた「ファンベース」という書籍です。それを読んだ野村ホールディングスとアライドアーキテクツがほぼ同時に、佐藤に連絡し、色々話し合ったところ、目指す方向が同じだということになり、3者共同で立ち上げたのがこの会社です。

証券業界は今、過渡期です。野村ホールディングスとしても何か新機軸を打ち出して顧客満足度を高めていく必要性に迫られています。しかし、野村ホールディングスの性格上、顧客である企業との接点といえば、金融サービスが軸にならざるを得ません。そこで、顧客にとって最も関心が高い「本業支援」の分野で何かが出来ないか考えていた時に、野村ホールディングスの社員が書籍「ファンベース」を読み、佐藤に連絡をしたということです。

大原  津田さんは創業時からいらっしゃったのですか。

津田  当時、私はネスレ日本で働いていたのですが、自身が40歳になることを節目に新しいことを始めると決めてネスレを卒業しました。ちょうど海外にいる父が急死したタイミングで長期間バタバタしていて、具体的に何も決まっていなくて。で、帰国してちょうど佐藤と食事をする約束があり、いろいろ話しているうちに「(佐藤が)実は今度会社を立ち上げる」ということを聞き、なんか運命を感じて創業に参画して、今に至るわけです。

既存顧客向けのファンサービスも重視する

大原  会社を立ち上げて1年半ですね。ビジネスは順調に拡大していますか。

津田  上場企業、未上場企業に関わらず、さまざまな企業や団体とお仕事をしています。現在、何らかの関わりを持っている企業数は100社くらいでしょうか。業種はさまざまです。金融機関とはまだ数社しかご一緒しておりませんが、メーカーやメディア、スポーツや地方自治体などが多く、本業支援や経営支援の形で協業するケースが多いですね。

また、弊社がサポートさせていただいている企業は、野村ホールディングスとこれまで何らかの形で関わりを持っているところや、ファンベースに関心を持って弊社のHPにお問い合わせいただいて、つながっているところもあります。

社員数は現在23名で少しずつ増やしています。いきなり事業を急拡大させるのではなく、じっくり腰を据えて成長させていきたいと考えています。

大原  具体的にどのようなサービスを提供されているのですか。

津田  大きく3つあります。ひとつは企業や団体のファンベースを実践していくプロジェクトに伴走することです。ファンミーティングなどを通じて、その企業が提供している製品やサービスのファンの声を傾聴し、情緒価値や未来価値づくりを支援していきます。

2つ目がセミナーで、これはファンベースという考え方への理解を深めたい企業や団体のためにセミナーを開催します。

そして3つ目が研究開発です。ファンベースに取り組み、実践していくうえで必要なツールなどを開発し、提供していっております。昨年は「ファンベース診断」というファン度やファンが愛する価値を可視化・スコア化するサービスをローンチしまして、多くの企業にご活用いただいております。

大原  同じような考え方を広めようとしている会社は、他にもあるのですか。つまり、ファンベースカンパニーの競合相手はどこでしょう。

津田  あまり競合とか考えたことはないですね。ただ、ファン・マーケティングとかファン・ビジネス関連のサービスを提供している会社はたくさんありますが、全く別物と考えています。「ファンベース」の考え方が弊社独自のものですし。

別の言い方をすると、「ファンを利用する」とか「ファンを囲い込む」とか「ファンを動かす」というのではなく、あくまでファンの視点で、ファンと一緒にファンが喜んでもっと好きになってくれる施策を考えていくのがファンベースです。人を無理やり動かすためのではなく、ファンの感情に寄り添って、理解して、ファンと共に成長していく仕事です。

お金儲けや会社規模の拡大よりも、ファンベースの考え方が一過性のブームではなく、これから50年後も、100年後もしっかり根付いていくことを目指しています。その方が、ファンも企業も社会も、みんなが笑顔でハッピーになると思うからです。

大原  どことなくマーケティングというと、人をターゲティングして当てにいくというイメージがあります。

津田  もちろんそういうマーケティングもありますし、全く否定はしません。でも、その手の手法は新規顧客獲得がメインになります。製品やサービスをどれだけ新しい人に購入してもらえるか、ということばかりに目が行くのですね。今、すでに製品やサービスを購入して使っている人たちのことを置いてけぼりにしてしまいがちです。そういう人が今の大半の売上を支えてくれているのに。

私がネスレ日本時代に立ち上げた「ネスカフェアンバサダー」というサービスも、新規顧客だけでなく既存顧客にもっと喜んでもらうサービスを同時に提供していくことの重要性に気付いたのです。やはり何十万人といる既存顧客から学ぶことは非常にたくさんあります。この人たちを大事にしなければ、ビジネスは成長しないことを実感しました。

これから日本は人口が減少していきますから、新規顧客獲得だけでビジネスを伸ばしていくことには限界があると思います。マーケティングの予算が100あるとしたら、すべてを新規のために費やすのではなく、例えば80を新規、20を既存顧客のために使って既存顧客のLTV(顧客生涯価値)を伸ばして、両輪で成長していくことも重要だと思います。

情緒価値と未来価値を創造する

大原  ファンベースの考え方を紹介した時、企業や団体の方たちはどういう反応をするのですか。

津田  企業経営者、それも自分で会社を起業した経営者には共感していただきやすい印象がありますね。やはり会社を立ち上げて、事業を軌道に乗せる過程で、色々なご苦労をされていると思いますが、既存の様々な顧客にはいろいろお世話になっていると思いますし。既存顧客がまさに現在の自社の「ベース」を創ってくれた人たちなのです。

やはり事業を拡大しようと思うと、一心不乱に新規顧客獲得に時間や労力を費やしますよね。最初のうちは人数も少ないので、顧客の顔が見えているのです。ただ、ある程度規模が拡大して来ると顔が見えなくなってきて、ある日「最近、既存顧客を見てこなかったかも。」とハタと気付くのですね。そこにファンベースの考え方を持っていくと「そうそう、この考え方が大事と最近思っていたんだよ。」となるケースが多いです。

大原  情緒価値や未来価値を創造して企業価値を高めていくということですが、会計学的に企業価値というと、株式の時価総額やキャッシュフローの割引現在価値など、数字で計れるものを指すわけですが、情緒価値や未来価値は数字で表すことが出来ません。ここを伝えるのは非常に難しくありませんか。

津田  おっしゃる通りです。ただ、これからの時代、この2つの価値が非常に重要と考えています。例えば、企業って本当にいろいろなことの積み重ねでビジネスを構築しているじゃないですか。その積み重ねの中には、商品やサービスを産み出す時の苦労、喜び、葛藤など、さまざまな「人の努力」があるわけです。こうした企業努力や人の体温が顧客に伝わると、情緒価値を感じていただけます。機能価値は他社もコピーできますが、情緒価値はコピーできない、その企業唯一の価値で差別化のポイントになります。

昨年以降、新型コロナウイルスの感染拡大で人と人の間には社会的な距離が出来てしまいました。そういう時代だからこそ、いろいろなところで「人を感じたい」という気持ちが、一人一人に芽生えてきているように感じます。

金融業界にあてはめると、これまで金融機関は情緒価値とは正反対のところに対峙してきたと思うのです。投資信託でも何でもそうですが、実際に金融機関の方たちと話をしていると、こうした金融商品を生み出す裏側では、本当に山のような苦労をされています。でも、それを表にあまり出さない。それが金融機関の矜持なのかも知れませんが、その苦労や思いなどをもっと表に出しても良いのではないかと思うのです。そうすることによって、実際に金融商品を利用されている人たちの共感を得られるのではないでしょうか。

大原  それは金融機関が常にパーフェクトを目指すからではないでしょうか。間違いは許されない、失敗したら出世が終わるといった考えが頭から離れないので、プロセスを見せることに対するアレルギーのようなものがあるのだと思います。

津田  プロセスを見せることはとても大事です。世の中爆発的に情報量が増大していますが、商品やサービスのファンは、世の中に氾濫している情報を掻き分けて、自分がファンになっている商品やサービスの情報を見に来てくれます。そういう熱狂的なファンに対して、当たり障りのない普通の商品・サービス情報を見せても、刺さりませんし、勿体ない。もっと好きになってもらえる、周りの人に推奨してもらえるかもしれないチャンスなのです。商品やサービスには、それに関わっている大勢の人たちの苦労や思いが込められているのですから、そういう情報こそを載せて伝えるべきであると思います。ファンミーティングなどでファンに共感ポイントなどを傾聴し、それらの情報や価値をもっと自信を持って生活者やファンに出していけば良いと思います。

金融機関のポテンシャルを見出す

大原  今、地域銀行は斜陽産業だなどと言われているのですが、以前、ある地域銀行の地元でヒアリングを行ったところ、大勢の地元の方から「その銀行のことが大好きだ」という声を聞きました。こういった声を丁寧にすくい上げてサービスにつなげていくことが出来れば、地域銀行にはまだまだ伸びしろがあるのではないかと思いました。

津田  そうですね。その銀行が地域の方に感じてもらっている信頼や愛着も唯一無二の情緒価値と言えます。例えばある信用金庫が、このコロナ禍で苦しんでいる飲食店を支えるために、資金繰りで東奔西走したなどという話を聞くと、その信用金庫のファンになってしまいます。

結局、商品やサービスは手段にしか過ぎず、本当の価値は人が生み出していくものだと思います。地域銀行で働いている人たちは皆、「地元の人たちを支えたい」という理念に則って仕事をし、信頼され、愛着をもたれ、唯一無二の情緒価値を生み出しているわけです。そこをさらに伸ばしていけば、地域銀行は斜陽産業でも何でもなくて、まだまだポテンシャルはあると思います。

大原  クラウドファンディングは情緒価値を上手く引き出せそうですね。

津田  「金融」というと何だか自分とは遠いイメージを持っている人も、「クラファンで応援」となると近づきやすいようですね。クラウドファンディングの良さは、プロジェクトを立ち上げる人が自身の想いを前面に打ち出せて伝わりやすいところだと思います。情緒価値や未来価値がはっきり見えます。この点は、他の金融業態も取り入れてみてはどうかと思いますね。

大原  ファンがいない会社ってあるのでしょうか。

津田  全ての商品やサービスは、誰かの課題解決をしていて、誰かを笑顔にしているはず。ですので、顧客がいる限り、そこには多かれ少なかれ、ファンが存在すると思います。

ファンと言うと、商品やサービスのユーザーや顧客をイメージすると思いますが、関連会社や取引先、従業員だってファンに含めても良いと思います。ファンを見つけるためには、顧客名簿やメール会員リスト、あるいはSNSのフォロワーに向けてアンケートを取るという方法がありますが、同時に関連会社や取引先、従業員を対象にしてアンケートを取っても良いと思います。そうすれば、眠っている価値を見つけ出すことが出来る可能性があります。

大原  ファンと交流を深めることが事業リターンにつながっていくという発想は、とても新鮮です。

津田  ファンミーティングにはファンの方々だけでなく、企業側の社員の方たちも参加します。そこでファンの方たちから、自社の商品やサービスの何が良いのか、どこが好きなのかをどんどん話してもらうと、社員の方たちは涙されることもあります。自分たちが苦労して作り上げてきた商品やサービスを、この人たちはここまで愛してくれているんだ、理解してくれているんだということが分かり、社員の方たちのモチベーションにもつながるのです。

ともすれば、企業側は自社のユーザーに対して改善点を主に聞いてきました。これはネガティブな情報を集めるのと同じですから、どうしてもディモチベーションにつながります。もちろん改善点を知ることも大事ですが、同時に「好き」や「愛」を徹底的に集める。それが社員の方たちのやる気につながり、ひいては事業リターンの向上にもつながっていくと日々実感しています。

大原  私も自社のファンミーティングをやってみたくなりました。本日はありがとうございました。

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