2021.10.28インタビュー

対談連載【金融ビジネス/これからの「顧客本位の業務運営」 No.3】株式会社格付投資情報センター(R&I) 編集事業部「ファンド情報」編集長  栗秋慎児氏「販売現場の人たちが心から大切に思う人に勧められる商品・サービスを提供することが真のフィデューシャリー・デューティーにつながる」

栗秋慎児氏(株式会社格付投資情報センター(R&I) 編集事業部「ファンド情報」編集長)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)

(写真撮影の時だけマスクを外させて頂いています)

創刊から15年目を迎えた「ファンド情報」。その編集長である栗秋慎児さんは、自ら地域銀行をはじめとする投資信託販売の最前線を、今も取材して回っています。現場を見続けてきた栗秋さんだからこそ分かる、本当のフィデューシャリー・デューティーとは何か、それを実現するためには何が必要なのかを伺いました。

リーマンショックで岐路に立たされた「ファンド情報」

長澤  今回は、格付投資情報センター(R&I)で「ファンド情報」という情報誌の編集長を務めていらっしゃる、栗秋慎児さんにお越しいただきました。まず、ファンド情報がどういう媒体なのかということから、ご説明いただけますか。

栗秋  創刊は2007年4月ですから、今年で15年目を迎えました。定期購読誌で書店販売はされていません。主な読者は証券会社、銀行、信託銀行、運用会社など資産運用ビジネスに関わっておられる方で、最近はIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)の方々にも読んでいただいております。

中身ですが、投資信託のトレンド、顧客本位の業務運営に関する取り組み事例、金融庁の政策の方向性に関する情報を中心に記者が取材して執筆しております。発行は月2回です。

創刊当初はマーケット環境が非常に良かったこともあり、投資信託だけでなく保険、FX、CFDなども幅広く網羅したのですが、2008年のリーマンショックで一気に風向きが変わりましたね。とにかく投資信託が売れなくなり、販売金融機関が大苦戦に陥りました。そうなれば、高いお金を払って「ファンド情報」を購読しようという読者も減りますから、正直、この状況をどうやって乗り切れば良いのか頭を悩ませました。

長澤  その難局を乗り越えたから今があるわけですが、編集内容など何か工夫をしたのですか。

栗秋  販売金融機関は投資信託が売れずに苦戦していたわけですが、それでも何か成功事例はないものかと考えて、投資信託の販売現場での取り組み事例、販売戦略、人気を集めている投資信託にフォーカスしました。

大手証券会社、メガバンク、信託銀行、投資信託の販売残高が1000億円以上ある地域銀行を中心にしてアンケートを送付し、3カ月に1度の割合で「どういう投資信託が人気を集めたのか」、「人気を集めた原因は何か」、「販売する際にどのような工夫を行ったのか」を記事にしていったのです。

この調査はもう10年以上行っていますから、さまざまなデータが蓄積されています。それを「ファンド情報」の編集内容に反映させて、読者と情報共有を行っています。

それとここ数年は、投資信託だけでなくファンドラップやIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)に関連した情報提供を行うのと同時に、販売金融機関などが顧客本位の業務運営を行っていくうえで必要な情報も提供しています。

積立投資の隆盛、フィデューシャリー・デューティーの関心が高まる

長澤  かつてどこの金融機関も毎月分配型ファンドを積極的に販売しましたが、これが本当にお客様のニーズによるものなのか、なぜ横並びになるのかといった点については、どのように考えますか。

栗秋  2009年に第1回目の売れ筋調査を行った時、ちょっと印象的な結果が出てきました。当時、毎月分配型ファンドが人気を集めていたのですが、東日本と西日本で売れ筋が大きく違ったのです。東日本はどちらかというと保守的で、西日本ほど高額分配を求める傾向があるというものでした。そのため、記事の見出しに「分配金は西高東低」と書いたことを記億しています。

横並びについてですが、地域銀行は特に他の地域銀行の状況がどうなのかについては、かなりアンテナを高く張り巡らせています。

たとえば毎月分配型ファンドが人気を集めていて、お客様がそれを購入するために某地域銀行の窓口に行ったとします。その某地域銀行ではそのファンドを扱っておらず、お客様から「なんだ、ここでは扱っていないのか」などと言われたら、やはり扱わざるを得なくなります。そういう傾向があるのは否めませんね。

長澤  さまざまな特集記事を扱っていらっしゃいますが、これまでの変遷、傾向のようなものはありますか。

栗秋  基本的に、どのような商品が売れているのか、販売金融機関の販売戦略がどの方向に進んでいるのかという点をテーマにした特集は、以前と変わらず今も主軸になっています。

ただ、2015年に「フィデューシャリー・デューティー」の考え方が注目されるようになってからは、関係金融機関がどういう取り組みを行っているのかに関する記事は外せなくなりました。

あと最近では、投資信託の積立に関する情報も重宝されているようです。つみたてNISAやiDeCoなど、特に若い人たちの間で積立投資に対する関心が高まりつつあるので、そこは新しい動きとして注目しています。

長澤  読者は特集記事などをどのように活用しているのですか。

栗秋  たとえば地域銀行の例ですが、特集記事を通じて他県の地域銀行の販売戦略などを知って、それを役員に報告するとか、逆に役員から「これについてはどうなっているんだ?」と聞かれた時など、私どもの記事を資料に使ってもらったりしています。

編集長が注目する新しい金融の流れ

長澤  編集長として今、最も注目しているテーマは何ですか。

栗秋  足元ではやはりIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)の動向でしょうね。これまで投資信託の販売チャネルは、証券会社以外だと地域銀行など銀行がメインでしたが、ここに来てIFAの存在感が高まりつつあります。今後、彼らがどういう形で投資信託の販売に関わっていくのか、IFAの存在がもっと大きくなった時、証券会社や銀行といった既存勢力にどのような影響を及ぼすのかなど、非常に大きなテーマになると考えています。

それと共に、提供される金融サービスとして投資一任サービスがあり、たとえば地域銀行がファンドラップをどのように活用していくのかなど、興味は尽きません。

長澤  IFAの存在感は、これから先も高まっていくと考えていらっしゃいますか。

栗秋  金融商品仲介業登録数が直近で急激に増えたというわけではないのですが、意識の高い人が若手を中心に増えてきたと思います。昔のIFAは、どちらかというと旧来型の「証券マン」が目立っていましたが、最近は顧客本位の業務運営の真意をしっかり理解して、お客様としっかり向き合うIFAが増えてきたように思います。「貯蓄から資産形成へ」の流れが加速していくなかで、彼らがどのように定着していくのかを見ていこうと思います。

長澤  ファンドラップの残高も10兆円規模になり、徐々に増えていますね。

栗秋  今のところファンドラップの残高を伸ばしているのは大手証券会社や信託銀行が中心ですが、恐らく今後は地域銀行にも広がっていくと見ています。その仮定のもと、こうした金融機関がお客様にどのような付加価値を提供していくのかなどを見ていきたいですね。

長澤  コミッションビジネスからフィービジネスへの転換が業界内で言われていますが、フィービジネスとして成立させるには残高を増やさないと難しいという現実があります。

しかし、残高を増やそうとすれば、無理な営業が行われてしまう恐れもあります。このような状況のもとで、お客様に満足のいくサービスを提供できるのでしょうか。

栗秋  ファンドラップを「商品」のひとつとして捉えている販売金融機関と、「サービス」のひとつとして捉えている販売金融機関とに二分されているのですが、このいずれかによって将来的に大きな差が出てくるのではないでしょうか。

長澤  つまり商品として捉えて、とにかく残高を伸ばせということになると、無理な営業になって長続きしない。だから残高が小さいうちは苦しいけれども、お客様と小まめにコミュニケーションを取ることで、時間をかけて育てていくことが大事だということですね。

栗秋  そうです。やはり最後は経営側の覚悟だと思うのです。実際、今も経営側としては、ファンドラップを販売する人たちに対してどのようにインセンティブを与えれば良いのかで試行錯誤を繰り返していますが、そろばんを弾いて、「今月の予算を消化するためにもこれだけの額を販売しろ」と言いたくなるところをぐっと堪えて、「とにかくお客様の声に耳を傾けてきて下さい」と言えるかどうかですね。それによって差が付くのではないかと思います。

長澤  そのためには、経営陣がファンドラップをどれだけ重要なものとして考えているのか、そのためにどういう経営方針を取ろうとしているのかを、営業現場にしっかり伝えていくことが大事ですね。

栗秋  そう思います。綺麗ごとのように捉える現場もあると思いますが、経営陣が最後の最後までそれを貫き通せるかどうかが大事だと思います。

販売現場の悩みをどう解決するか

長澤  地域銀行などの現場を取材していて、現場が抱えている悩みなど実感することはありますか。

栗秋  基本的に地域銀行に勤めていらっしゃる方は皆さん、とても真面目に地元のことを考えています。自分が生まれ、育った地元に貢献したい、そこで生活している人たちのお役に立ちたいという気持ちで銀行員の仕事を選んでいるのですね。そういう人たちが、自分の仕事にやりがいを見いだせる、使命感や充実感を持って働ける職場になるといいなと思います。

辞表を出した人たちの多くが、転職する理由として「地元の人たちの役にたちたかった」とおっしゃいます。それはつまり、人の役に立っているのかどうか疑問に思う仕事が多いということでもあります。たとえば、投資信託を販売するにしても、自分の親、兄弟、親戚に心の底から「持ってもらいたい」と思う商品を、手数料が低くても販売することができる環境かどうかが重要だと思います。支店の業績を上げるため、自分のノルマを達成するためだけに手数料を稼げる商品の販売を続けていくと、相場が崩れたときにクレームを受けて心が折れる人もいると聞きます。

長澤  現場の悩みを役員クラスがしっかり受け止められれば良いのですが、実際のところ現場と役員クラスのコミュニケーションはどうなっているのでしょうか。

栗秋  メガバンクに比べると、地域銀行の方が現場と役員の距離は近いように感じます。これまで取材したなかでは、現場の人たちに積極的に働きかける役員もいらっしゃいました。例えばお客様とのやりとりに詰まった営業がいたら、「そういう時はこういう答え方をすると良い」ということを、電話などで直接アドバイスされていました。数字を詰めるのではなく、現場とのコミュニケーションを取りながら適切なアドバイスができる役員や管理職が多い銀行であれば、恐らく現場の方もストレスをある程度コントロールしながら日々の業務に邁進できるのではないでしょうか。

長澤  営業の現場をよく知っている人が役員に増えれば、変わっていくのかも知れませんね。

栗秋  そうですね。銀行の支店長、あるいは役員クラスになると法人畑の人が中心で、長年リテールを見てきた人というのは、やはり少ないのが現実です。以前、とある銀行の支店で販売担当者を取材した際、こっそり支店長に対して言いたいことを聞いてみたのですが、「一度ご自身で投信を売ってみてはいかがでしょうか」と言っていたのが記憶にのこっています。経験がないのは仕方がないこととしても、やはり現場が今、どういう問題、課題を抱えているのかに目を配り、フォローできるかどうかによって、現場の士気は大きく変わってくると思います。

長澤  「顧客本位の業務運営」が目指すところは、最終的にはお客様から選ばれる金融機関になることですが、それを実現するためには何が必要でしょうか。

栗秋  そもそも、お客様から選ばれたくないと思っている行員は、銀行にいないと思っています。皆、自分の銀行、自分のことを選んでもらいたいし、お客様から「ありがとう」という言葉をもらいたくて、今の仕事を続けているのではないでしょうか。

ですから、それを実現するために何をすべきかを、経営陣が真剣に考えなければなりません。行員一人一人が、自分たちにとって大事な人に、心の底から勧めたいと思える商品やサービスを販売することが評価につながるような人事考課を行い、キャリアパスを設計する必要がありますし、それによって一時的に収益が落ち込んだとしても、経営陣がしっかり踏ん張って、現場が誇りを持って投資信託の販売に取り組むことが出来る、自分の仕事が世の中のためになっているという意識を持つことが出来る環境を整えることが大事ですね。

長澤  ありがとうございました。

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