2022.02.07インタビュー

対談連載【金融ビジネス/これからの「顧客本位の業務運営」 No.7】大江橋法律事務所パートナー弁護士 澤井俊之氏「海外事例からこれからの顧客本位の業務運営の在り方を考える」

澤井俊之氏(大江橋法律事務所パートナー弁護士)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)

(写真撮影の時だけマスクを外させて頂いています)

今回、ご登場いただいた澤井俊之氏は、大江橋法律事務所に所属するパートナー弁護士であるのと同時に、一時期、金融庁に出向されていました。そこで私と知り合ったのですが、海外の金融法制に詳しいため、最新の海外動向を金融庁の金融審議会市場ワーキンググループの資料に盛り込むなど活躍されました。今回は海外事例を取り上げながら、日本における顧客本位の業務運営の在り方について伺います。

欧米の事例を把握して顧客本位を再考する

長澤   まず、澤井さんのこれまでの経歴から教えていただけますか。

澤井   大江橋法律事務所の東京オフィスでキャリアをスタートさせました。金融規制やフィンテック、M&A等が専門です。

一時、米国のロースクールに留学し、2018年に帰国した後、金融庁に出向して1年ほど暗号資産に関連して金融商品取引法や資金決済法の改正作業に関わり、2019年の秋から市場ワーキンググループの事務局に移りました。ちょうどその時期は、いわゆる老後2000万円問題が話題となり、皮肉にも国民の投資への関心が高まった時期だったと思います。市場ワーキンググループでは、3年前に策定された「顧客本位の業務運営に関する原則」や適合性原則等について、その振り返りと見直しをすることになりました。

当時、米国ではブローカー・ディーラーの行為準則を厳格化する「レギュレーション・ベスト・インタレスト(RBI)」の最終版が公表された時期でした。また欧州では、2018年にMiFID2が施行されて2年が経過しようとするころだったので、その運用の実務や監督の実態が見えてくる時期でもありました。

そこで、欧米の最新の法令や実務を踏まえて、もう一度、顧客本位とは何かを考えてみようということになり、私が市場ワーキンググループの事務局に入って担当することになったのです。

コミッションは必ずしも「悪」ではない

長澤   「顧客本位の業務運営に関する原則」を見直すにあたって、海外調査をされたということですが、どこに行ってどのようなヒアリングをしたのですか。

澤井   2019年11月に米国のボストン、ニューヨーク、そしてワシントンDCに5日間の日程で行き、ボストンでは世界的な金融事業者に、ニューヨークとワシントンDCでは、監督当局や自主規制機関にヒアリングを行いました。

まず知りたかったのは、RBIに対する金融事業者の反応ですね。RBIとはブローカー・ディーラーが個人顧客に証券投資を推奨するにあたって、顧客に対して最善の利益を尽くすように義務付けた証券取引法上のルールです。それと共に、日本の重要情報シートを考える際に参考にされたものですが、FormCRS(Customer/Client Relationship Summary)といって、ブローカー・ディーラーやRIA(Registered Investment Adviser:登録投資助言者)が顧客に投資推奨をする場合に、自分たちのサービス内容、手数料とコスト、系列商品の販売やインセンティブなどの報酬構造に起因する利益相反の内容などを簡単に記載した2ページの書面を作成して、顧客に交付することが義務付けられました。

ヒアリングで印象に残ったことは、手数料の取り方に関する議論です。最近は預かり資産残高フィーは利益相反が無いので、フィデューシャリー・デューティー(FD)に資するという意見が主流ですが、一方でコミッションが必ずしも悪というわけではないという声もあるのです。確かにコミッションは回転売買を誘発しがちですが、バイ&ホールドによる長期投資を選好する投資家にとっては、預かり資産残高フィーよりも有利なのは確かです。したがって、顧客がさまざまな金融サービスや費用体系にアクセスする選択肢を提供するのが望ましいとされています。

また、FormCRSは、書面の中に、顧客に質問して欲しい項目が盛り込まれていて、それが金融事業者と顧客のコミュニケーションを活発にし、顧客教育や透明性の確保に資する効果が期待されているとの声もありました。

そして、米国では金融事業者の販売姿勢の問題が明らかになると、若者が投資を避けるようになるので、投資を促進するためにも、かなり厳格に執行されているといった声も聞かれました。

長澤   RBIは、「顧客本位の業務運営に関する原則」と同じく「顧客の最善の利益」と明記されていますが、顧客にとって最善の利益を実現するうえで、米国では何をすれば良いと考えられているのですか。

澤井   最善の利益を実現するために必要な項目が列挙されていて、それをすべてやれば、顧客にとって最善の利益が実現するという仕組みになっています。

米国でも最善の利益は投資のリターンであるという考え方が根強くあるのは事実です。しかし、それと同時に近年においては、サスティナビリティや非財務情報に対する関心が高まるなか、顧客の社会的利益はどう位置付けられるのかなどの議論も出てきていて、最善の利益というものは時代背景によっても違ってくるものだと思います。

欧州単一資本市場を視野に詳細なルール設定

長澤   米国だけでなく欧州にも視察に行かれています。欧州の視察はどこを回ってきたのですか。

澤井   2020年2月に、イギリス、フランス、オランダ、ベルギー、ドイツと回り、EUの金融規制の企画・監督当局、金融事業者にヒアリングをしてきました。

MiFID2でも、投資に携わる会社は顧客の最善の利益にしたがって行動する義務を負っているのと共に、適合性評価や、誘因報酬といって金融商品の組成者から報酬を受け取る場合の開示規制や従業員報酬や業績評価への規制、プロダクトガバナンスなどが明記されています。

また、米国のFormCRSと似たものとして、PRIIPs KIDというA4で3枚もののペーパーがあり、投資信託や仕組み商品などのパッケージ商品を組成する会社が、商品ごとに商品特性やリスク・リターンのプロファイル、コストの説明を記載することが義務付けられています。

欧州のルールは非常に詳細で、ESMA(欧州証券市場監督局)からは分野別で多くのガイドラインやQ&Aが公表されています。これは欧州に単一資本市場を創設するという理念があり、抽象的なルールだと、国毎に解釈や監督の強弱にバラツキが出て顧客被害が生じるリスクが高まるからだといわれ、妙に納得すると同時、日本には当てはまらない部分もあるという印象を持ちました。

長澤   顧客と金融事業者の間には利益相反が生じやすいので、米国では特定の金融商品について、その販売を促すためのノルマを廃止しています。この点は日本の金融事業者も関心が高いところだと思いますが、現場での対応はどうですか。

澤井   米国では一定期間内に特定の金融商品を販売することを促進するような販売コンテストや販売量の割当ては禁じられています。

これは欧州も同じで、販売コンテスト自体は決して批判されるものではありませんが、特定の金融商品の販売を促すようなものは禁じられています。つまり顧客が金融商品を選択するにあたり、金融事業者の業績評価はあくまでも中立の立場を維持しなければならない、ということです。

したがって業績評価基準についても、特定の金融商品に紐づいたものは禁じられており、あくまでも商品選択の中立性を維持するという前提で、販売量という定量的な評価基準だけでなく、資格や知識・経験、顧客満足度など定性的な評価基準も設けられています。こういった取組は日本の実務にも参考になると思います。

仕組債の手数料と投資助言

長澤   2021年12月の市場制度ワーキンググループでは、仕組債の手数料開示について欧米の事例が紹介されました。ここは非常に関心の高いテーマですが、実際、欧米ではどのように対応しているのですか。

澤井   仕組債の仕組み自体が非常に複雑なので、顧客はどこでどのようなコストを取られているのか、ほとんど理解できていない状況です。欧州ではPRIIPs KIDにおいて、販売価格と公正価格との差額をコストとして開示することが義務付けられています。仕組み債に限らず、たとえば日本における保険商品なども、購入価格にどのくらいコストが織り込まれているのかが見えにくくなっています。

そもそも投資信託のように手数料や運用管理費用などのコストが分かりやすく開示されているシンプルな金融商品は、手数料が見える化されているがために、金融商品事業者としても割高な手数料を取りにくい状況です。

だからこそ、仕組債のように手数料の見えにくい金融商品に批判が集中しがちなのだと思います。今はSNSを通じて個々人が自由に情報発信できる時代ですから、手数料の透明性が確保されていないような金融商品は淘汰される可能性があります。やはりシンプルで透明性の高い金融商品を顧客に勧めた方が、全体的に高い効用が期待できるはずで、資産形成層の多くもこのことを理解し始めているのかなという印象があります。

長澤   また、同ワーキンググループでは投資助言についても取り上げられていました。コンサルティング型・アドバイス型サービスへのニーズが高まると考えられるなかで、金融商品取引法を中心とした現行制度は、こうしたニーズに応えやすい体系になっているのでしょうか。

澤井   投資助言に関しては国によって扱いが異なります。たとえば米国では、投資助言の対価として預かり資産残高に応じたフィーを取る場合、販売員には投資助言業者の登録を義務付けています。

日本においては現状、証券会社が投資助言の対価として報酬を受け取るには、投資助言・代理業の登録が必要であり、付随業務としてはできないとされています。この点ではアメリカと似ているのですが、実際のサービスの実態に即しているのか、ダブルライセンスを要求することが過剰規制になっていないかが議論のポイントだと思います。

ちなみにイギリスにおいては、RDR(金融商品制度改革)によって運用会社から販売会社への手数料のキックバックが全廃され、IFAの資格要件の厳格化を進めました。それによって預かり資産残高ベースのフィー体系になり、アドバイスフィーが高くなったことから、金融アドバイザーのレベルが向上したという報告もあります。そういう事実があることも踏まえると、真正面から資産運用のアドバイスのコストであると説明した方が、顧客のアドバイスに対する期待が高くなり、本当の意味で顧客本位のサービスにつながるのではないかとの見方もあると思います。もちろん、イギリスでは、その反動として、マス層がアドバイスを受けられない、いわゆるアドバイス・ギャップの問題が生じているといわれていますが、そこについては、ロボアドバイザーやAIを駆使したサービスが活躍しています。ただ、アメリカもそうですが、若者の中にもアドバイスのニーズは根強いと言われており、今後はアドバイザーがこれらのテクノロジーをどう使いこなしていくかが差別化のポイントになると思います。

プロダクトガバナンスの取組み

長澤   金融庁の「資産運用業高度化プログレスレポート2021」では、プロダクトガバナンスに関する記述に紙面が割かれています。海外での取組事例を教えて下さい。

澤井   プロダクトガバナンスは、単純に申し上げると、投資信託などの金融商品を組成する資産運用会社と販売金融機関の相互連携によって、顧客に適合した金融商品の提供を確保するための仕組みです。たとえば資産運用会社が、商品を組成する段階で販売金融機関から市場の情報を取得しつつ、自らの専門性を活かして、顧客の最善の利益になる金融商品を開発し、それぞれの金融商品のターゲットとなる市場を特定し、そこだけに販売することを目指すものです。

日本にはルールは存在していないのですが、「顧客本位の業務運営に関する原則」において、「金融商品の組成に携わる金融事業者は、商品の組成に当たり、商品の特性を踏まえて、販売対象として想定する顧客属性を特定・公表するとともに、商品の販売に携わる金融事業者においてそれに沿った販売がなされるよう留意するべきである」とされています。

プロダクトガバナンスをルール化している欧州の金融機関の取組みとしては、①組成者が新商品委員会などで承認を得る際に、既存商品では対応できないのかを商品のライフサイクルに合わせて検討し、なぜ新たな商品が必要なのかの説得的な理由を要求し、②顧客との接点を作るために販売事業者と必要な情報交換を緊密にして、③各商品についてターゲットマーケットと販売戦略を設定し、④販売者がターゲットマーケットに当たらない顧客に推奨する場合には組成者に報告するとともに、顧客にもなぜ販売するのかの説明をし、⑤販売者から組成者に対し、ターゲットマーケットのニーズに本当に合致している金融商品であるかの情報をフィードバックし、⑥毎年のコンプライアンスレポートの中で取締役会にも報告する、といった例があったと思います。

日本の場合はルール化されていないので、まだ道半ばという感もありますが、欧州の実例を参考にした取組が期待されるところです。

長澤   最近の海外事例で注目されるトピックはありますか。

澤井   欧米での大きな関心事は、顧客の最善の利益のなかに、サスティナビリティという非財務的な目的や関心を含めて良いか、またESGウォッシュ、グリーンウォッシュが金融業界一般の信頼性を深刻に損なう恐れがあることから、これをいかに防ぐかという点だと思います。既に日本でも問題になっており、金融庁も強い問題意識をもっている点ではありますが、今後の欧米の動きも見過ごせないところです。

長澤   日本の金融機関が他社との差別化を図り、顧客から選ばれる金融機関になるためにはどうすれば良いでしょうか。

澤井   欧米でも、顧客から選ばれるアドバイザーになるためには、顧客からの信頼が何よりも大事だという声が聞かれました。やはり既存顧客からの紹介が顧客の多くを占めるからのようです。「顧客本位の業務運営に関する原則」は、顧客からの信頼を得るためのヒントが書かれています。顧客の満足感や納得感を得るために、顧客と同じ方向を見ているという安心感を共有する。私も顧客になる立場ですが、少しでも利益相反の懸念が見えてしまうと、疑念を抱いてしまいます。利益相反の有無や対処方法を含めて説明をし、個々の顧客に見合ったコンサルティングを含めてアドバイスのバリューをしっかり説明し、顧客の納得を得る努力をすることが、差別化の要因になるのではないかと思います。ESG投資も同じで、投資を通じて、社会価値を追求する企業を応援したいという考えが広がれば、資産形成の裾野の広がりにもつながると思います。そのためには、ESG投資商品の何がどうESGに関連するのか、どうして他の商品よりコストが高いのかの説明が重要になってくると思います。

長澤   ありがとうございました。

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