2023.06.16インタビュー

【金融ビジネス:対談連載】これからの「顧客本位の業務運営」 No.20 資産運用立国実現に向けてのロードマップ

小森卓郎氏(衆議院議員)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)

小森先生は財務省、防衛省、金融庁で要職を務めました。とりわけ2017年に策定された「顧客本位の業務運営に関する原則」の浸透・定着に携わり、金融審議会での議論をリードして来られました。現在は「行政の現場がわかる政治家」として、資産所得倍増プランの策定にも関わっていらっしゃいます。

石川県庁時代に認識した少子高齢化対策の必要性

長澤  小森先生は2021年10月、金融庁の総合政策課長の職を辞して衆議院議員選挙に立候補されました。そこに至った経緯から教えて下さい。

小森  2年前の9月に金融庁の総合政策課長を辞めました。その直前、8月31日にその年度の「金融行政方針」を取りまとめ、税制改正を提出した直後のことで、非常にバタバタしたタイミングで衆議院選挙に臨み、8万8321票をいただいて当選させていただきました。

それまで所属していた行政府は非常に大きな組織であり、行政の動きに大きく影響される業界もたくさんあります。だからこそ政治を行う者が、行政の現場に対して、どのような影響を及ぼすのかを逐次把握しなければなりませんし、そういう政治家が増えてもらいたいと漠然と考えていたのですが、国会議員はなりたくてなれるものでもありません。

たまたま、3年間出向していた石川県の関係の方から、衆議院選挙に立候補してみないかというお声がけをいただきました。正直、どうするか迷いましたが、大きなことをするのも大事だと思い、決断した次第です。

長澤  政治家になられる以前は、財務省主計局や防衛省の会計課長、石川県庁の企画振興部長など、さまざまな要職を経ていらっしゃいますが、それらのご経験が今の政治家の志につながっている面はありますか。

小森  いろいろありますが、まず石川県庁での経験からお話しすると、これは石川県に限ったことではなく地方共通の問題ですが、やはり少子高齢化ですね。

特に石川県の能登半島などは、極めて高い高齢化率であり、そのなかでどう地域社会を維持するかということに心を砕きました。移住促進をはじめとする地域おこしに注力したわけですが、そこで大事なのは地域のリーダーの存在です。それぞれ意欲や見識は異なりますが、やはり立派な志を持ったリーダーのいる地域では、たとえ人口規模が小さくても、きちんと社会機能が維持されています。

3年間の石川県庁時代にそれを現場で見聞きできた経験は、政治を行っていく上で非常に勉強になりました。

あとは、少し石川県の特殊要因ではあるのですが、北陸新幹線の開業に向けて石川県の魅力を高めることに寄与できたことも、良い経験でした。少子高齢化によって、全国規模で働き手が不足するなか、働き手をどう確保するか、そのために自分の地域に少しでも多くの人に住んでもらえるように、魅力を高めることが重要になっているのですが、北陸新幹線の開業によって、県民一人一人にその意識が定着したのも、とても印象的でした。

防衛、経済、家計に必要な政策を

長澤  衆議院議員になられて2年目です。政策面で特に注力されているのは、どういうことですか。

小森  財務省の主計局で防衛省予算を査定し、さらに防衛省の会計課長として予算を要求するという両方の立場で合計4年間、直接予算を差配する経験を積んできたのですが、現在の東アジアの安全保障問題は、ウクライナ問題以上にシビアな環境にあります。

そのなかで、昨年末に防衛関係の重要な三文書を作成するまでは、なかなか日本は安全保障政策を転換できないという、非常に悩ましい状況にありましたが、防衛費に関して申し上げれば、戦うことを目的にするのではなく、戦わずに済むようにするために防衛費を充実させ、防衛を整備しなければなりません。

次に経済政策ですが、経済がしっかりしていないと、安全保障を維持することもできませんし、将来的にも国民の豊かな暮らしを守れなくなります。

日本は高度経済成長で大きな成功を納めたものの、次の世代の成長産業をつくることができませんでした。この状況を打破するためには、特に若い人たちが自分たちのキャリアパスを役所や大企業などのみに求めるのではなく、起業にも向かうようにしなければなりません。起業にチャレンジする人たちが増えれば、そのなかで20年後、30年後に大きな雇用や富、財を生み出す企業が生まれるでしょう。これについては昨年、「スタートアップ育成5カ年計画」として形になりました。

そして3つめの政策が、家計の資産活用です。2000兆円の家計資産をいかに有効活用するか。これについても資産所得倍増プランが策定され、かつNISAの抜本的強化ができた点は、非常に良かったと考えています。

資産形成への関心を高めるうえで重要な1年に

長澤  老後資金2000万円問題を契機に、個人の資産形成に対する関心が高まったように思います。そして今回、資産所得倍増プランが策定され、NISAの抜本的改革をはじめとする7本の柱を総合的に進めることで、一般生活者の資産形成がさらに大きく進展すると思われますが、この資産所得倍増プランにかける想いを伺えますか。

小森  人口が減少し、経済も停滞しているなかで、家計資産はずっと右肩上がりで増加しています。これをしっかり活用できれば、日本経済にも好ましい効果が生じます。家計資産は日本にとって、とても重要な資産であると認識しています。

残念なのは、これをもっと早い時期に行えていたら、ということです。今から20年前に、長期、分散、積立投資の重要性を浸透させ、国民一人一人が取り組んでいれば、家計資産は今以上に大きくなっていたでしょう。2014年からNISAがスタートしたものの、政策の規模が小さかったこともあって、貯蓄から資産形成への動きを本格的に出来ませんでした。その反省を踏まえて、資産所得倍増プランではNISAの抜本的な拡充に取り組んだ次第です。

いわゆる「2000万円問題」については、誤解や曲解も含めてさまざまな受け止め方があり、当初はいささか残念な方向に解釈されてしまった面はありましたが、それによって資産形成に対する関心度合いが高まったと思います。とりわけ若い世代の間で、投資信託やNISAに対する関心が高まり、社会の空気、認識が大きく変わりました。

とはいえ、まだまだメインストリームの動きにはなっておらず、家計資産に占める現金・預金比率は50%を超えたままです。今回、資産所得倍増プランが出来たことで、家計の行動変容につながるかどうかが、真に問われてくるでしょう。新しいNISAがスタートする来年1月にかけて、金融・資産運用業界やメディアで取り上げられる機会も増えてくるでしょうし、これを機に個人の資産形成に対する関心を高める、とても大事な1年になると考えています。

長澤  先般、岸田首相が経済財政諮問会議で、資産運用会社の運用能力を強化するよう金融庁に指示し、「2000兆円の家計金融資産を解放し、持続的成長に貢献する資産運用立国を実現する」という話をされました。どのような想いで、資産運用立国という言葉を出されたのでしょうか。

小森  家計の行動変容を実現させるためには両翼が必要です。金融教育推進機構の創設など、家計や個人の意識向上はもちろん大事なのですが、もう片翼として、金融資産を預かって運用する側が何を提供できるのか、という点も真剣に考える必要があります。

その意味において、やはり家計の金融資産を運用する資産運用業界が、良いリターンを持続的に提供できるような能力の向上は必要ですし、それを実現してこそ資産運用業界も中長期的に発展できると考えています。

このように、家計の金融知識向上と共に、より良いリターンを実現できるような資産運用業界を両翼として発展させることによって、資産運用立国が実現するものと考えています。

政治家として見えてきたこと

長澤  政治家に転身したことで、改めて見えてきたことがあれば教えて下さい。

小森  広く世の中を見渡して国益を考えるという点は、政治家も公務員も同じです。ただ、公務員の場合、抽象化された面で世の中を見ているのですが、政治家は意見、関心が異なる大勢の人々と関りを持ち、人々が日々の暮らしのなかで感じる満足や不満を個別で具体的に聞いていくという点が違う、ということを改めて認識しました。

また行政に携わる人たちは、常にさまざまな物事が円滑に進むようにするため、大勢のマンパワーを割いて日々の業務に当たっているのですが、政治家は大きく物事をつくりかえるのが仕事です。したがって、物事を整える以前に、ビジョンを持って大きな形をつくりあげる必要があります。そういう意味で現状、もっと政治が前面に出る必要があるとは思います。おおまかな形をつくりあげ、その後を行政の方々に整えてもらい、時代に合った制度を整備していく。そういう意識を強く持つようになりました。

防衛費の増額についても、これまではなかなか踏み込んだ改革ができませんでしたが、緊張が高まる東アジア情勢を前にして、いよいよ大きく見直さなければならない時期になりました。

このように、時代の変化に応じて必要な施策をどんどん推進していく必要があると強く認識しています。

地域金融機関と資産運用業界の果たすべき役割

長澤  地方創生において、地域金融機関の果たす役割をどのように考えれば良いでしょうか。

小森  地域金融機関の存在は非常に大切であると理解しています。石川県庁に出向している時その想いを強く持ちました。

地域金融機関は地域経済界の中心的な存在であり、地域金融機関がどのような動きをするのか、どのように考えるのかによって、地域経済の発展に大きな影響を及ぼす重要な存在です。

少子高齢化で過疎化が進む地域が増えるなか、地域経済を牽引する強力なリーダーの役割が重要であり、地域金融機関はまさにその役割を果たすべき存在です。

なぜ地域金融機関がそうした役割を果たせるのかというと、信用と人材が揃っているからです。信用と人材というアセットをいかに前向きに活かしていくか。過去の成功体験はもちろん大事ですが、その延長線で物事を考えていたのでは、少子高齢化のなかで後れを取ってしまいます。だからこそ信用を大事にしつつ、時代に合わせて新たな活路を見出していってもらいたいと期待しています。

長澤  金融業界で働く人たちにメッセージをいただけますでしょうか。

小森  金融庁で市場課長を務めていた当時から資産運用業界をはじめとする金融業界の方たちと交流を頂いていますが、サービス面や商品面など良いものが増えてきていることを実感します。

そのなかで資産所得倍増プランと、NISAの抜本的な拡充は更に追い風になりますし、先にも述べたように、この1年は家計に資産運用を根付かせるうえで、非常に重要な期間になります。資産運用立国は、今年末にかけて大きな政策課題になります。資産運用業界は伸びしろがまだまだあるので、この機会を活かして、大きく変革する取り組みを進めていただきたいと思います。

長澤  ありがとうございました。

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