「JAMPの視線」No.341(2026年7月12日配信)投信ビジネスの主戦場は販売ストーリーから市場接続へ
JAMP 大原啓一の視点 2026年7月12日
先週、ようやく自宅の仕事部屋にクーラーがつきました。最近は週末の午後になると、仕事をしていても、クラリネットの練習をしていても、気がつけば汗だくになっており、さすがにこれは厳しいなと思っていたところでしたので、かなりほっとしています。もっとも、最近になって小学校6年生の長男が私の隣で勉強するようになったので、家庭内の設備投資がようやく承認されたのは、私のためというより、長男のおかげだったのかもしれません。
低コスト競争に見えて、実は「棚」の争奪である
さて、米国ではETF市場を巡る競争が一段と激しくなっています。最近では、BlackRockがNasdaq-100に連動する低コストETFを投入し、長年この領域で存在感を持ってきたInvesco QQQや、State StreetのETFとの競争が注目されています。報道によれば、BlackRockの新ETFの経費率は通常0.12%、一時的には0.10%とされ、Invesco QQQの0.18%を下回る水準です。
こうしたニュースを、いつもの低コスト競争として見ることもできます。たしかに、同じ指数に連動するETFであれば、投資家にとってコストは低いに越したことはありません。しかし、ここで起きていることの本質は、運用報酬の数ベーシスポイントの差だけではないように思います。より大きな変化は、投資信託ビジネスにおける「棚」のあり方が変わり始めていることです。
従来の公募投信ビジネスでは、運用会社にとって重要なのは、販売会社の棚に商品を置いてもらうことでした。販売会社に採用され、営業員に理解され、販売資料が整い、顧客に提案されて初めて、商品は投資家に届きます。この構造では、商品の良し悪しだけでなく、販売現場で語りやすいか、相場環境に合ったテーマ性があるか、販売会社にとって扱いやすいかが大きな意味を持ちます。極端に言えば、投信ビジネスの主戦場は、運用付加価値そのものではなく、販売会社の棚をどう取るかにありました。
ETFは、この構造を大きく変えます。ETFは取引所に上場されることで、販売会社の棚ではなく、市場の棚に並びます。投資家は証券会社の取引画面で商品を探し、価格を見て、出来高やスプレッドを確認しながら売買します。そこで問われるのは、営業員がどう語るかだけではありません。市場の中で発見され、比較され、取引され、理解されるかどうかです。つまりETFとは、単に投資信託を上場させた商品ではなく、投信ビジネスの主戦場を「販売会社の棚」から「市場の棚」へ移す装置なのだと私は考えています。
ETFになっても、主戦場は運用付加価値には戻らない
ここで重要なのは、棚が変わると、競争軸も利潤の所在も変わるという点です。販売会社の棚で勝負していた時代には、販売会社の本部に採用され、営業現場で語られ、顧客に提案される力が重要でした。しかし市場の棚で勝負する時代には、流動性、スプレッド、マーケットメーカー、指定参加者、PCF開示、指数ライセンス、証券会社画面での見つけやすさ、投資家向け情報発信といった要素が、商品価値の一部になります。Nasdaq-100に連動するETFの競争が面白いのも、運用対象が同じであるにもかかわらず、コスト、ブランド、 流動性、オプション市場、指数ライセンス、証券会社での認知度によって、商品としての強さが変わるからです。Nasdaqが自社指数をより多くの運用会社にライセンスする戦略を取っていると報じられている点も、この文脈で見ると非常に示唆的です。
資産運用会社は、「良い運用をすれば資金が集まる」と考えがちです。しかし、いま広がりつつあるETFの世界でも、従来の公募投信の世界と同様に、事業としての成功は、良い運用付加価値の提供だけでは足りません。市場で見つけられ、安心して売買でき、継続的に情報が流通し、投資家の選択肢として定着する必要があります。ETFは、投信ビジネスの主戦場を運用付加価値に戻してくれるわけではありません。資産運用会社にとっては少し残念なことですが、ETFの世界でも、運用の中身だけでビジネスとして成功するほど話は単純ではありません。
ただし、従来の公募投信と大きく異なるのは、運用付加価値の外側にある利潤の源泉が、販売会社にとっての売りやすさや販売ストーリーから、市場における接続性、流動性、透明性、発見可能性へと移っていくことです。これは小さな違いではありません。
販売会社の棚で勝負する世界では、商品は販売会社の営業文脈の中で投資家に届きます。一方、市場の棚で勝負する世界では、商品は価格と流動性と情報の中で投資家に選ばれます。どちらも運用そのものの外側にあるレイヤーですが、前者は販売の論理であり、後者は市場の論理です。ETFの本当の意義は、投信ビジネスの外側にあった利潤の源泉を、販売の論理から市場の論理へ移していく点にあるのではないでしょうか。
「市場の棚」を誰が育てるのか
そう考えると、日本のETF市場を育てるうえで問われるのは、単に優れた運用者を増やすことでも、ETFの本数を増やすことでもありません。もちろん、魅力ある運用戦略は必要です。しかし、それだけではETFは市場の中で発見されず、取引されず、残高も積み上がりません。
ETFの時代に重要になるのは、運用付加価値の外側にある市場接続レイヤーです。具体的には、取引所への上場、マーケットメーカーや指定参加者との連携、PCF開示、流動性の維持、スプレッドの安定、証券会社の取引画面での発見可能性、情報ベンダーやメディアを通じた認知、投資家向けコミュニケーションなどです。
これらは、従来の公募投信でいえば、販売会社の本部や営業現場が一部担っていた機能でもあります。販売会社が商品を選び、営業員が説明し、販売資料が投資家に届き、顧客との関係性の中で商品が提案される。その構造の中に、投信が投資家に届くための導線が組み込まれていました。ETFでは、その導線が市場側に移ります。ただし、市場に上場しただけで商品が投資家に届くわけではありません。市場は、商品を自動的に売ってくれる魔法の販売員ではないからです。市場の棚に並ぶということは、価格、流動性、情報、認知、比較可能性によって、常に投資家から選別されるということでもあります。ここに、ETFの厳しさと面白さがあります。
そうであれば、日本のETF市場に必要なのは、単なる上場本数の増加ではありません。優れた運用戦略が市場の棚に乗り、投資家に発見され、理解され、安心して取引され、長期的に保有されるための市場接続レイヤーを整えることです。運用会社、取引所、マーケットメーカー、指定参加者、証券会社、情報ベンダー、投資家向け情報発信が、それぞれ分断されたままでは、ETFは「上場された投信」で終わってしまいます。
日本資産運用基盤としてETFホワイトレーベルサービスを提供しているのも、まさにこの市場接続レイヤーを実務として支える必要があると考えているからです。単にETFという箱を組成するだけではなく、優れた運用者を市場の棚に乗せ、価格形成、流動性、開示、情報発信を通じて投資家に届く形にしていく。その基盤機能を担うことが、これからの日本のETF市場には必要だと感じています。
ETFは、資産運用会社を運用付加価値だけで成功できる世界に連れ戻してくれるわけではありません。むしろ、利潤は相変わらず運用の外側にあります。しかし、その外側が販売ストーリーではなく、市場接続へ移っていくのであれば、投信ビジネスは少なくとも、販売会社の営業文脈から市場の規律へと、少しだけ健全な場所に移ることができるのではないかと思います。
JAMPメンバーの採用情報
日本資産運用基盤グループでは、事業拡大に伴い一緒に働くメンバーを募集しています。弊社にご興味のある方、ぜひ働きたいという方はこちらからお申し込みください。
まずはお話だけでも、という方も大歓迎です!
代表の大原とのカジュアル面談でもいいかな、という方ももっとウェルカムです!!
News Picks ダイジェスト
代表取締役 大原啓一 のコメント
【Exclusive: BNY Adds Circle’s Stablecoin to Digital-Asset Platform】
大原のコメント→
BNYがUSDCの保管・移転・発行・償還に踏み込む動きは、ステーブルコインを「暗号資産業界の話」として見るべきではないと思います。
本質は、銀行預金、決済、短期国債、カストディ、AML/KYCが一体化した新しい金融インフラの主導権争いです。ステーブルコインが広がるほど、銀行は預金を守る側であると同時に、デジタルマネーの発行・保管・決済レイヤーに参加する側にもなります。
面白いのは、ここで勝つのが必ずしも「暗号資産に詳しい会社」ではないことです。むしろ、準備資産管理、カストディ、規制対応、機関投資家接続を持つ既存金融機関が、最後に一番おいしい層を取りに来ているように見えます。
金融の破壊者が作った市場を、最終的に金融インフラ業者が制度化していく。いつもの金融史が、少し速い速度で繰り返されているのかもしれません。
https://newspicks.com/user/121187/?ref=user_121187&sidepeek=news_17032050
【Investors Seek to Pull Nearly $16 Billion From Private-Credit Funds】
大原のコメント→
プライベートクレジットファンドで償還請求が増えているというニュースは、単に「プライベートクレジットが危ない」という話ではないと思います。
本質は、流動性の低い資産を、どのような商品構造で、どのような投資家に、どのような説明で届けるのかという問題です。プライベートクレジット自体は、銀行が担いきれない信用供給を補完する重要な市場です。ただし、それを個人・富裕層向けに半流動性商品として広げるとき、資産側の流動性と投資家側の流動性期待にズレが生じます。
金融商品で一番怖いのは、リスクが高いことではなく、投資家が自分の持っているリスクを誤解していることです。
オルタナティブの民主化は、アクセスの民主化だけでは足りません。流動性、評価、償還制限、ポートフォリオ内での役割を理解させる説明責任まで民主化できるかが問われます。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17032051
【Active ETFs: The battle to take on JPMorgan in Europe】
大原のコメント→
欧州でアクティブETFへの参入が広がっていることは、アクティブ運用会社がETFに負けた後の敗者復活戦、という単純な話ではないと思います。
むしろ、アクティブ運用の価値が「投資信託」という従来の器から切り離され始めたということです。かつて運用会社は、運用戦略、商品設計、販売会社チャネル、投信という商品形態を一体で持っていました。しかしETF化が進むと、同じ運用戦略でも、より透明で流動性の高い上場商品として投資家に届けられるようになります。
つまり、問われるのは「良い運用ができるか」だけではありません。その運用を、モデルポートフォリオ(投資助言)、投資一任/SMA、投信、ETF、SMAなど、どの器に載せ、どの市場構造で流通させ、どの投資家に届けるかです。
アクティブETFは、運用力の競争であると同時に、商品アーキテクチャと流通設計の競争なのだと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17032052
【5 charts showing how ‘dumb money’ is transforming the stock market, as retail traders smash Wall Street records】
大原のコメント→
個人投資家の売買が過去最高水準に達しているというニュースは、単なる「個人投資家ブーム」として見るより、市場構造の変化として見るべきだと思います。
重要なのは、個人投資家が市場に参加していること自体ではありません。個人投資家の注文が、マーケットメイカー、オプション市場、レバレッジETF、テーマ型商品を通じて、市場の価格形成に組み込まれていることです。
かつて相場を語るときは、金利、景気、企業業績といったマクロ要因が中心でした。しかし現在は、「誰が、どの商品を通じて、どのタイミングで、どれだけのレバレッジをかけて買っているのか」という資金フローの配管そのものが、相場を動かす重要な要素になっています。
これは資産運用会社にとっても大きな意味を持ちます。良い運用戦略を作るだけでは足りません。その戦略が、ETF、オプション、モデルポートフォリオ、証券プラットフォーム、SNS的な認知形成を通じて、どのように投資家行動へ接続されるのかまで見なければならない。現代の市場分析は、かなり「配管工学」に近づいていると思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17032068
【主要証券、ネット取引時の生体認証が必須に 口座乗っ取り被害で対策 - 日本経済新聞】
大原のコメント→
ネット証券はこれまで、低コスト、低手数料、先進的なUI/UX、商品ラインナップを武器に、口座数と取引量を拡大してきました。しかし手数料引き下げ競争が進む中で、取引執行そのものの収益性は低下し、各社は預かり資産、信用取引、投信、金融サービス連携などで収益を補うモデルへ移行してきました。
そこに、サイバーセキュリティ、不正取引モニタリング、本人認証、顧客サポート、補償対応という新たな固定費が重なっています。証券口座が犯罪組織に狙われる社会インフラになった以上、「安全に取引できる基盤」を維持すること自体が、証券ビジネスの前提条件になりました。
岡三オンライン証券のSBIへの譲渡は、その象徴に見えます。収益単価が下がる一方で、セキュリティ対応コストが重くなるほど、単独でネット証券基盤を持つ経済合理性は低下します。今後は、顧客接点や商品提供で差別化する会社と、取引・認証・不正防止の基盤を担う会社の分業、あるいは大手プレイヤーへの基盤集約が進みやすくなるのではないでしょうか。
金融デジタル化の本質は、オンライン化ではなく、その裏側にある安全性と信頼のコストを誰が担うのか、という問題なのだと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17031396
【巨大ファンドがウォール街を席巻、大手銀押しのけ】
大原のコメント→
資産運用会社が銀行を「補完」する時代から、銀行機能の一部を「代替」する時代に入っていることを示す象徴的な記事だと思います。
重要なのは、これは単なる巨大ファンドの拡大ではなく、金融システムの利潤の所在が変わっているということです。銀行規制が強化され、バランスシート制約が重くなるほど、信用供与や長期資金供給の一部は、資産運用会社やプライベートマーケットに移っていきます。
日本の「資産運用立国」も、家計の資産形成や投信残高拡大だけを見ていると不十分です。資産運用業を、銀行に次ぐ、あるいは銀行と並ぶ金融仲介インフラとしてどう育てるのか。その産業政策の視点が必要です。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_9898521
【過熱ETF「自己膨張リターン」の呪縛】
大原のコメント→
ETFは透明性が高く、低コストで、流動性もある優れたビークルですが、「上場しているから安全」「分散されているから安心」と単純化すると危ういと思います。
特にテーマ型ETFやアクティブETFでは、ファンドのパフォーマンスが投資対象の実力だけでなく、ファンド自身への資金流入によって一時的に押し上げられることがあります。これは運用能力ではなく、資金フローが作るリターンです。
日本でもアクティブETF市場が広がるなら、問われるのは商品数ではなく、流動性、組入銘柄のキャパシティ、マーケットメイク、情報開示、プロモーションの健全性です。ETF市場の発展には、商品開発だけでなく市場インフラとプロダクトガバナンスが不可欠です。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_10138652
【エヌビディアがけん引、単一銘柄ETFに資金殺到】
大原のコメント→
単一銘柄ETFは、金融商品の民主化というより、投機行動を上場商品にパッケージ化したものに近いと感じます。
もちろん、短期売買やヘッジの道具として使いこなせる投資家には意味があります。ただ、一般生活者の資産形成や老後資金準備とは、ほとんど別世界の商品です。
ここで重要なのは、「買えること」と「保有すべきこと」は違うという点です。金融商品が上場され、証券口座から簡単に買えるようになるほど、販売会社やプラットフォームには、投資と資産運用の違いを明確に伝える責任が重くなります。
NISA時代の金融教育で本当に必要なのは、商品知識ではなく、自分がいま行っているのが「将来に備えるための『資産運用』」なのか、「儲けるための『投資』」なのかを区別する力だと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_9954384
主任研究員 長澤 敏夫 のコメント
【地銀、円貨保険割合5割超に 利上げと金融庁指摘で】
長澤のコメント→
もともと投資信託等の値動きのある商品を望まない顧客が定額保険を購入する傾向があると聞きますので、外貨建て保険の比率が一時期8~9割あったというのは為替リスクの大きさを十分認識せずに購入していた顧客も相当数いたのではないかと思われます。そういった意味で、円金利がある程度の水準になれば円建て保険の比率が上昇するのは自然な流れかと思います。
金融庁では、テーマ型投資信託やノックイン・ノックアウト型仕組み債を使った乗り換え販売と同様、ターゲット型外貨建て保険を使った乗り換え販売に対して経済合理性がないと厳しく指摘を続けてきました。一つの商品が指摘されると次の商品へと軸足を移してきたこともあり、特定の金融商品の販売姿勢に係る課題を指摘し改善を求める金融庁との間で「いたちごっこ」となってしまったように思われます。
しかし足元では販売手数料が全般的に低下傾向にあり次の儲け頭が見当たらない状況となっており、ビジネスモデル自体が販売手数料に依存したコミッションベースから、資産運用アドバイスを提供付加価値とするフィーベースへ転換が余儀なくされるのではないかと思われます。
https://newspicks.com/user/6551307/?ref=user_6551307&sidepeek=news_17045232
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