「JAMPの視線」No.342(2026年7月19日配信)暗号資産ETFは摩擦を消すのではなく、移す
JAMP 大原啓一の視点 2026年7月19日
金商法への移行は、暗号資産の価値に対する「お墨付き」ではない
さて、7月15日、暗号資産取引に関する規制の中核を、資金決済法から金融商品取引法へ移す改正法が成立しました。関連規定は公布から1年以内に施行される予定ですが、暗号資産ETFの実現には、内閣府令、投信法施行令、商品審査、上場制度などの追加整備が必要です。暗号資産ETFの上場時期については、2027〜2028年が一つの目安として報じられています。
日本資産運用基盤の社内では、私が資産運用業界の改革には前のめりなのに、暗号資産の話になると途端に慎重になるので、「大原さん、結局は暗号資産が嫌いなんですよね」と揶揄されることがしばしばあります。実際には、嫌いというより、何となく違和感が拭えないというのが正直なところです。暗号資産には、希少性、ネットワーク効果、決済や担保としての需要など、さまざまな価値仮説があることは理解しています。それでも、株式の将来利益や配当、債券の契約上の元利金のように、価値を将来キャッシュフローへアンカーしにくく、保有者や利用者が増えること自体が価格形成に大きく影響する点は、頭で理解しようとしても、腹にはなかなか落ちません。
今回の法改正は、この違和感に答えを出したわけではありません。暗号資産の根源的な役割や価値について社会的な評価が定まったのではなく、すでに巨大な投資対象となっている現実に、規制の枠組みを合わせたのだと理解する方が正確です。
ETFは価値を証明せず、投資実務だけを前へ進めた
そういう視点で捉えると、暗号資産ETFの本質も見えやすくなります。
暗号資産ETFが登場し、普及したからといって、暗号資産の役割や機能、価値に対する評価が確定するわけではありません。ETFが行うのは、暗号資産の利用機能を投資家が直接使うことなく、その価格変動へのエクスポージャーを、既存の証券・資産運用インフラへ載せ直すことです。
ETFを買う投資家は、秘密鍵を管理せず、暗号資産交換所に新たな口座を開かず、暗号資産を送金や決済にも使いません。いつもの証券口座、取引画面、残高報告、ポートフォリオ管理の中で、その価格変動へのエクスポージャーを保有します。
米国では、現物ETFの登場前には「暗号資産は何のために存在し、何を価値の源泉とするのか」が機関投資家の大きな論点でしたが、現在では「ポートフォリオへ何%配分し、どのようにリスク管理するか」という実務的な議論が前面に出ています。これを本稿の文脈で言い換えれば、米国の現物ETFがもたらした重要な変化は、暗号資産の価値仮説に決着をつけたことではなく、その決着を待たずに、既存の証券口座とポートフォリオ管理の枠組みで取り扱える投資対象へ暗号資産を「翻訳」し、投資実務を先へ進めたことです。
したがって、暗号資産ETFの成功は、暗号資産経済圏の勝利というよりも、暗号資産を自らの領域に取り込んだ従来型の証券・資産運用インフラの勝利と見る方が正確なのだと思います。
摩擦は、二つの「カストディ」の接続へ移る
もっとも、暗号資産は本当に、従来型の証券・資産運用インフラへ摩擦なく接続されたのでしょうか。投資家から見れば、暗号資産への投資は確かに大幅にスムーズになります。しかし、それは摩擦が消滅したことを意味しません。投資家が自ら負わなくなった秘密鍵管理、資産保全、売買執行、事故対応などの複雑性が、運用会社、受託銀行、暗号資産カストディアン、取引所といったインフラ側へ移るだけです。
ここで問題になるのが、同じ「カストディ」という言葉の下に、性格の異なる二つの責任体系が存在していることです。ひとつは、秘密鍵の管理を中心とする、暗号資産業界のカストディです。もうひとつは、信託財産の管理と受益者保護を中心とする、投資信託の受託銀行としての責任です。
暗号資産業界におけるカストディの中核は、秘密鍵や署名権限を安全に管理し、不正な移転を防ぎ、正確な移転を実行する技術的・運用的機能です。秘密鍵を盗まれたり失ったり、誤ったアドレスへ送付したりすれば、通常、取引を巻き戻すことはできません。この不可逆性を考えれば、暗号資産カストディアンが負う技術的責任は極めて重いものです。
一方、投資信託の受託銀行は、単なる保管サービスの提供者ではありません。信託財産の分別管理、資産の受渡し、信託財産の計算、再委託先の管理などを通じて、投資信託の受託者として受益者に対する制度的な責任を負います。
2022年の制度改正により、一定の管理型信託については、業務方法書の変更認可を経た信託銀行も暗号資産を受託できる制度上の道が開かれました。 もっとも、これは暗号資産を信託財産として預かるための入口が整備されたということです。
仮に暗号資産ETFの受託銀行となる場合には、暗号資産の保管だけでなく、投資信託の仕組みの中で、運用会社の指図に基づく受渡しや信託財産の管理を行い、外部の暗号資産カストディアンを利用する場合には、その選任・監督を含む責任体系を構築することが求められると考えられます。外部のカストディアンへ秘密鍵管理を委託したからといって、受託銀行が投信受益者に対して負う責任まで、そのまま外へ出せるわけではありません。
つまり、暗号資産カストディアンの責任が軽く、受託銀行の責任だけが重いという単純な話ではありません。前者は、秘密鍵の不可逆性に根差した技術的責任が非常に重い。一方、後者は、技術的な保管を外部へ委託したとしても、信託財産全体について受益者に対する制度的責任を負うという意味で、責任の範囲が広いのです。
暗号資産ETFでは、このどちらか一方を用意すればよいわけではありません。秘密鍵を守る技術的な資産保全責任を、投資信託の受託者が負う制度的な責任体系の中へ組み込まなければならないところに、本当の難しさがあります。
さらに、暗号資産は24時間365日動き続けます。取引所の営業時間外に価格が大きく動いた場合の価格形成、現物設定・解約の方法、ハードフォークやネットワーク障害への対応、事故発生時の責任分界なども設計しなければなりません。先物を用いれば現物保管の問題は軽減されますが、今度はロールコストや現物価格との乖離という別の摩擦が生じます。
ETF化によって摩擦は消えるのではありません。投資家の取引画面から見えなくなり、異なる二つの責任体系を接続する、インフラ側の設計問題へ姿を変えるのです。
本当の競争は、見えない「責任の配管」を誰が設計するかで決まる
したがって、暗号資産ETFを巡る本当の競争は、誰が最初に商品を上場させるかでも、誰が最も強い販売ストーリーを作るかでもないと思います。誰が秘密鍵を管理するのか。誰が信託財産に対する受託者責任を負うのか。誰が価格形成と流動性を支え、ネットワーク障害や資産流出が発生した場合に、誰がどこまで損失と責任を引き受けるのか。その責任分界を、投資家にとって安全で、事業者にとって持続可能な形に落とし込めるかが問われます。
しかも、この責任分界は法務上の線引きだけではありません。そのリスクに対応するための資本、保険、システム投資、委託報酬を誰が負担するのかという経済設計まで伴わなければ、商品として持続しません。
日本資産運用基盤としても、暗号資産ETFを単なる次の売れ筋商品と捉え、その大きな動きに飛び込むこと自体を目的にするつもりはありません。投信・ETFホワイトレーベルをはじめとする資産運用業界の「基盤」を提供する立場として、運用会社、受託銀行、暗号資産カストディアン、取引所、マーケットメーカーの機能と責任をどのようにつなげるべきかを考え、実務として設計することが、私たちの役割のひとつだと(勝手に)考えています。
暗号資産ETFは、暗号資産という投資対象の取引に伴う摩擦を消す仕組みではありません。投資家が感じていた摩擦を、金融インフラ側の複雑性と責任へ移す仕組みだと私は考えます。だからこそ、暗号資産ETF時代に本当の競争優位を持つのは、表面上の商品や証券口座ではなく、暗号資産カストディの技術的責任と、投資信託の受託者が負う制度的責任を、安全な一本の「配管」として組み直すことができる事業者なのだと思います。
JAMPメンバーの採用情報
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代表の大原とのカジュアル面談でもいいかな、という方ももっとウェルカムです!!
News Picks ダイジェスト
代表取締役 大原啓一 のコメント
【All you never wanted to know about corporate bond market issuance】
大原のコメント→
資本市場というと、どうしても株式市場やIPOが主役のように語られます。しかし、企業が継続的に巨額の資金を調達し、投資家が信用リスクを評価し、資本コストが形成される本当の現場は、むしろ社債市場にあります。
株式投資家は企業価値を語り、債券投資家は企業が本当に返済できるかを見ます。どちらが偉いという話ではありませんが、資本配分の規律という意味では、社債市場の方が冷徹です。
日本の資産運用立国論では、家計の株式・投信投資に議論が偏りがちです。しかし本来は、企業金融、信用リスク、社債市場、機関投資家の与信判断まで含めて、資本市場の厚みを作る必要があります。資産運用業は商品を売る産業ではなく、資本コストを社会に実装する産業だと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?ref=user_121187&sidepeek=news_17078088
【中国系moomoo証券処分、国内勢から「裏口登録」批判】
大原のコメント→
問題の本質は、外資系証券会社の参入是非ではなく、金融ライセンスをどこまで「譲渡可能な資産」と見てよいのかということだと私は考えます。
地場の対面証券会社を買収し、第1種金商業の登録を引き継いだとしても、ビジネスモデルが対面営業からスマホ完結型のネット証券へ変われば、実質的にはまったく別の金融事業になります。顧客獲得手法、広告表現、システムリスク、サイバーセキュリティー、商品説明、適合性管理、苦情対応のすべてが変わるからです。
そう考えると、問題は「中国系だから危ない」という話ではありません。むしろ、金融ライセンスの買収が、事業モデル転換を伴う場合に、登録審査と同等、あるいはそれ以上の継続的な事業モデル審査が必要になるということです。
一方で、既存の国内証券会社側の「裏口登録」批判にも、業界防衛的な匂いはあります。新規参入や異業種参入は、投資家の選択肢を広げる面もあるからです。
しかし、金融業は単なるアプリビジネスではありません。証券口座、顧客資産、投資勧誘、取引インフラを扱う以上、ライセンスは単なる参入チケットではなく、社会的信用の器です。
今後、中小・地場証券の事業承継問題が進めば、こうした買収型参入は増えるはずです。そのとき問われるのは、外資か国内かではなく、ライセンスの継承を「会社の買収」として見るのか、「金融機能の再登録」として見るのかだと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17077136
【BaaSの現在地、「成長」へ継続利用が焦点】
大原のコメント→
本当に問われているのは、BaaSがどこまで普及するかではなく、銀行業のどの機能を、誰が保有し、誰が顧客接点を持ち、誰がリスクを負うのかという構造変化だと思います(ここではBanking as a Serviceの方のBaaSですが、Brokerage as a Serviceの方のBaaSも本質的な課題は同じだと考えます)。
決済や少額与信は、購買、移動、旅行、商取引といった既存の経済行動に組み込まれることで、その体験価値を高めやすい。一方、預金口座や汎用的な融資機能を非金融事業者のブランドで提供するだけでは、顧客はすでにメイン口座を持っており、継続利用にはつながりにくいでしょう。口座数ではなく、金融機能が日常の商流や行動導線にどれだけ深く埋め込まれるかが本質です。
ただし、預金や事業融資にも可能性がないわけではありません。受発注、在庫、決済、移動、購買データを持つ事業者であれば、金融機能を単体商品として売るのではなく、経済圏内の資金循環や、商流データを用いた運転資金融資へ転換できます。従来型銀行業務をそのまま外に出すのではなく、非金融データと結びつけて別の金融機能に作り替えられるかが勝負です。
さらに重要なのは、BaaSの利用者が非金融事業者だけとは限らないことです。将来的には地域銀行自身が、勘定系、決済、預金管理などをメガバンクやBaaS専門銀行の基盤に載せ、自らは地域の顧客接点、商流理解、資金繰り支援、資産形成助言に集中する可能性があります。これは銀行業の水平分業化という意味では、非常に大きな可能性を持ちます。
しかし、外部化すれば地域銀行が自動的に強くなるわけではありません。預金フランチャイズ、信用判断能力、顧客データ、利ざやまで基盤提供者に渡せば、地域銀行は顧客接点だけを持つ低収益な販売代理店に転落しかねません。
BaaSの勝者は、銀行機能を提供する者でも、顧客接点を持つ者でもなく、顧客接点、データ、商品設計、リスク負担の組み合わせを最も有利に設計した者になると思います。 BaaSは銀行をなくす技術ではなく、銀行業の利潤と責任を再配分する仕組みです。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17082609
【【老後資金】50代の78%が「不安」 必要想定「2000万円以上」も…貯められるのは「1000万未満」が最多】
大原のコメント→
老後不安を抱える人が多い一方で、資産形成の準備をしていない人が6割を超えるという結果を見ると、「もっとNISAを普及させよう」という議論になりがちです。しかし、本質は制度ではなく、資産運用ビジネスそのものの設計にあるように思います。
日本では長らく、「どの商品を売るか」を起点に金融サービスが組み立てられてきました。一方、本来、生活者が知りたいのは「自分の人生に必要なお金を、どう準備すればよいか」であり、その結果として投資信託やNISAが選択肢になるはずです。
つまり、商品からゴールへではなく、ゴールから商品へ。この順番の転換こそが重要です。
NISAは優れた制度ですが、それ自体はあくまで器に過ぎません。真に必要なのは、一人ひとりのライフプランや資産状況に応じて必要資産額を可視化し、その達成確率を継続的に管理するゴールベース型の資産運用ビジネスです。
日本では「NISAの普及」が目的になりがちですが、本来NISAは目的ではなく手段です。資産運用ビジネスが「商品販売」から「ゴール達成支援」へ転換しない限り、このアンケート結果は何年経っても大きくは変わらないと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17109131
【株式投信(除くETF)、設定額が過去最高の6.3兆円=純資産総額は2.1%増の207兆円=6月の投信概況、資産運用業協会】
大原のコメント→
設定額が過去最高というニュースは明るく聞こえますが、業界として見るべきなのは「どれだけ設定されたか」ではなく、「どれだけ長く保有される資産になったか」です。
投資信託業界は長らくフロー(販売)を重視してきました。しかし、NISA時代に本当に競うべきなのはストック(長期保有)です。
設定額ではなく、5年後・10年後の継続保有率やゴール達成率を競うようになったとき、日本の資産運用業は初めて「販売業」から「資産形成業」へ進化するのだと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17116159
【世界初の日本株式ファンドをパブリック・オンチェーン化へ(SBIグローバルアセットマネジメント)】
大原のコメント→
「ファンドのトークン化」というとWeb3の話になりがちですが、本質はそこではありません。重要なのは、ファンドという器が証券会社や販売会社だけを流通経路とする時代から、ブロックチェーンという新しい市場インフラ上でも流通できるようになることです。
ETFが販売会社の棚から市場の棚へ移したように、RWAやトークン化は「市場そのもの」をさらに拡張していく可能性があります。金融商品のイノベーションではなく、金融流通インフラのイノベーションとして見るべきテーマだと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17116169
主任研究員 長澤 敏夫 のコメント
【米国株23時間取引、12月6日開始へ 世界のマネー集中で「大リーグ化」】
長澤のコメント→
金融庁は、昨年、外国株式の店頭取引に関し、証券会社が自社に有利なスプレッド(手数料)を乗せて顧客に販売しているのではないかとの問題意識からモニタリングを行っています。販売額に占める店頭取引の比率は各社で大きな違いがみられたとのことですが、店頭取引比率が高い証券会社がすなわち顧客本位ではないとは言い切れませんが、日本時間で米国の証券取引所に発注ができるようになると、透明性が高まることは間違いないと思われます。店頭取引による収益への依存度が高い証券会社においては、システム対応に係る負担の増大も相まって、ビジネスモデルの見直しが余儀なくされるケースも出てくると思われます。
https://newspicks.com/user/6551307/?ref=user_6551307&sidepeek=news_17114844
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