「JAMPの視線」No.343(2026年7月29日配信)資産運用立国は、政策の貯金箱ではない
JAMP 大原啓一の視点 2026年7月29日
少し前のメールマガジンで、年初から一日も欠かさずお酒を飲み続け、6月下旬にしてようやく今年初めての禁酒日を迎えたとご報告しましたが、その後は一転し、ここ1カ月ほどほとんどお酒を飲んでいません。体調を崩したことがきっかけではありますが、日本資産運用基盤が新しいステージへ進むための、まさにいまが勝負どころでもあります。創業時に4年ほどお酒を断っていたことを思い出し、今後2-3カ月はお酒を控え、改めて兜の緒を締め直すことにしました。心身を整え、色々な意味でアツい夏をしっかりと乗り越えてまいります。
「資産運用立国」は成長戦略を支える次の段階へ
さて、先週7月21日、高市政権が掲げる「責任ある積極財政」の基軸となる「経済財政運営と改革の基本方針2026」、いわゆる骨太方針2026が公表されました。ところが、読み進めても「資産運用立国」という言葉はほとんど出てきません。私は一瞬、「資産運用立国の旗は、もう降ろされてしまったのか」と失望しかけました。しかし、それは早合点でした。同じタイミングで、日本成長戦略と連動する金融分野の包括的な施策パッケージとして「成長投資を促進するための金融戦略」が公表され、その副題には、ずばり「資産運用立国のアップグレード」と掲げられています。今回の変化は、資産運用立国の旗を降ろしたことではありません。その旗を金融行政の一政策として単独で掲げる段階から、日本の成長戦略全体を支える金融の仕組みとして組み込む段階へ移ったと見るべきでしょう。
2023年に策定された資産運用立国実現プランは、家計、販売金融機関、資産運用会社、アセットオーナー、発行体企業など、インベストメントチェーンを構成する各主体の機能強化を中心としていました。今回の金融戦略は、その射程を企業の成長投資や事業再編、社債・ローン市場、PE・VC、地域金融、さらにはオンチェーン金融まで広げ、これらを日本経済全体の資金循環として組み直そうとしています。資産運用立国は、「貯蓄から投資へ」の導線を整える政策から、投資へ移った資金をどのように成長へつなげるかという、日本経済全体の資本配分システムを設計する段階へ進みつつあります。
制度は進んだ。しかし、産業構造はまだ十分に変わっていない
ここ数年の政府の資産運用立国実現プランに基づく取組みについては、私は高く評価しています。NISA制度の充実によって家計金融資産が投資へ向かう導線は大きく広がり、アセットオーナー・プリンシプル、大手金融グループへのフォローアップ、日本版EMP、企業年金や大学の運用高度化など、それまで曖昧だった課題も政策の俎上に載りました。商品の企画から償還まで、ライフサイクルを通じて受益者にとっての価値を検証するプロダクトガバナンスも、重要な政策課題になっています。
しかし、日本の資産運用業界の構造的課題が解決したかといえば、答えはまだ「否」です。販売金融機関が最終投資家との顧客接点を握り、資産運用会社が親会社や特定の販売金融機関からの資金流入に依存する構図は根強く残っています。その一方で、各社が類似したミドル・バック業務を重複して抱え、信託銀行が担う資産管理業務にも標準化・自動化されていない領域が多い。こうした高コスト構造が、商品開発や新規参入のハードルを上げ、資産運用会社の収益基盤を脆弱なものにしています。
この依存構造が、個々の投資判断を直ちにゆがめるとまでは言えません。より直接的に影響を受けやすいのは、その手前にある商品戦略です。受益者の長期的な資産形成に本当に必要な商品より、販売金融機関にとって説明しやすく、短期間で売りやすく、残高を集めやすい商品が優先されれば、本来の顧客である受益者よりも、販売金融機関の都合が商品開発の出発点になってしまいます。プロダクトガバナンスを実効性のあるものにするには、商品の設定後に販売実績を確認するだけでは足りません。誰のどのような課題を解決する商品なのか、その対象顧客が実際に購入しているのか、長期保有によって期待した効用が生まれているのかまで検証する必要があります。そのためには、販売金融機関から資産運用会社へ、購入者の属性、保有状況、解約理由などの情報が継続的に還流する仕組みも欠かせません。
制度整備は進みました。しかし、事業構造と実務にはなお多くの課題が残り、資産運用業界の生産性と収益性は十分に高まっていません。その結果、受益者本位の商品戦略を貫くための経済的な基盤も、まだ十分には整っていないのです。
資産運用立国は、家計資産を政策の貯金箱にする構想ではない
ただ、今回の「アップグレード」には、ひとつ危うい論点があります。政府は17の戦略分野を示し、官民金融機関による成長資金の供給を促しています。経済安全保障、先端技術、エネルギー、社会インフラなど、市場だけに任せていては十分な投資が行われない領域に政府が関与すること自体は合理的です。しかし、政策的に重要であることと、投資対象として魅力的であることは同じではありません。国として支援する価値のある事業であっても、リスクに見合うリターンが期待できなければ、受益者資産の投資対象にはなりません。
この点で、政府は資産運用業界を、政策資金の自動的な供給者と見なすべきではありません。資産運用会社やアセットオーナーは、受益者の最善の利益を追求する責務を負っており、「国家戦略だから」という理由だけで、リスクに見合う収益性が期待できない分野へ資金を配分することはできません。むしろ、それをしないことが受託者としての責任です。
政府の役割は、投資先を指定して資金を動員することではありません。政策上必要な事業と、民間投資として成立する条件との間にある溝を、補助金、保証、劣後出資、税制、規制改革などによって透明に埋めることです。その結果、リスクに見合う投資採算が成立して初めて、民間資金が入る余地が生まれます。成立しないのであれば、その差を埋めるコストは、政策として政府が正面から負担すべきです。
資産運用立国は、政策遂行のために家計や年金の資産を自由に取り出せる巨大な貯金箱ではありません。政府は投資機会をつくることはできても、投資価値まで決めるべきではないのです。
資金供給額や投資件数を政策成果として積み上げることにも注意が必要です。資金を出した瞬間には成果に見えても、投資先が資本コストを上回る価値を生み出せなければ、それは成長投資ではなく、低収益の事業に資本を固定化しただけになりかねません。問われるべきなのは、どれだけ資金を流したかではなく、民間が自ら投資に値すると判断できる条件を、政府がどこまで整えられたかです。
政府は投資可能性をつくり、民間は選別する
資産運用立国を単なる資金動員で終わらせないためには、政府と民間の役割を明確に分ける必要があります。政府は、政策上重要な事業を民間資金が投資可能な条件へ近づける。資産運用会社とアセットオーナーは、その条件を踏まえてもなお投資に値するかを、受益者の最善の利益に照らして選別する。政策と市場は対立するものではありませんが、両者の役割を混同すれば、資本配分の規律が失われます。
同時に、民間の資産運用業界にも構造改革が必要です。ミドル・バック業務や商品組成、資産管理などの共通機能を標準化・共同化し、各社が重複して抱える固定費を下げる。資産運用会社が、調査、投資判断、ポートフォリオ構築といった高付加価値業務から、標準化が可能なミドル・バック業務までを一社内で抱え込む構造を見直し、標準化できる機能は外部の専門事業者に委ね、それぞれが強みを持つ領域に集中する水平分業へ移行する。そして、資産運用会社が販売金融機関の販売力に依存して残高を積み上げるのではなく、運用力、商品設計力、受益者にもたらした成果によって評価される収益構造をつくることが重要です。
生産性向上は、単なるコスト削減ではありません。収益基盤を強くし、その余力を運用人材、商品開発、調査、データ、受益者理解へ振り向けることで、受益者本位の商品戦略を貫ける経済的な独立性を確立することです。
2040年度の国内投資250兆円、家計金融資産に占める株式・投資信託・債務証券の割合40%という目標は分かりやすいものです。しかし、本当に測るべきなのは、どれだけ資金が動いたかだけではありません。受益者に適した商品が提供されたか、投資先企業が資本コストを上回る価値を生んだか、その果実が賃金、雇用、税収、そして受益者のリターンとして戻ったかまで検証する必要があります。
資産運用立国を実体あるものにするのは、家計から成長分野へ向かう太い配管だけではありません。政府が投資可能な機会をつくり、独立した民間が厳しく選別し、その成果を受益者へ戻す仕組みです。資金を集める国から、資本を賢く配分できる国へ。今回の「アップグレード」が、単なる資金動員で終わるのか、それとも市場の選別機能を備えた資本配分システムへ進化するのか。資産運用立国が本当に問われるのは、資金を集めた後なのだと思います。
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News Picks ダイジェスト
代表取締役 大原啓一 のコメント
【HSBC reins in riskier private credit lending: FT】
大原のコメント→
プライベートクレジットは、銀行を介さずに企業へ資金を供給する「銀行代替」の市場として語られます。しかし、HSBCがリスクの高いプライベートクレジットファンドへの融資やバックレバレッジを絞るという動きは、その説明が半分しか正しくないことを示しているように思います。
企業への貸し手が銀行からファンドに変わっても、そのファンドの資金調達条件、担保掛け目、流動性の限界価格を銀行が決めているのであれば、銀行は消えたのではなく、借り手からひとつ離れたレイヤーへ移っただけです。
本当のリスクは、個別企業の信用悪化だけではありません。銀行がファンドへの融資を絞ることで、ファンドの資金調達、資産評価、投資家の解約行動が同時に悪化する構造です。プライベートクレジットの「非銀行化」とは、貸出フロントの非銀行化であって、金融システム全体の銀行離れではないのだと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?ref=user_121187&sidepeek=news_17128015
【政府、新金融戦略策定 「オンチェーン金融」実装へ検討会 27年初に中間整理 投融資規制も緩和】
大原のコメント→
骨太方針だけを読むと、「資産運用立国」という言葉はほとんど前面に出てこず、旗印が後景に退いたようにも見えます。しかし、同じタイミングで公表された金融戦略の副題は、明確に「資産運用立国のアップグレード」です。旗を降ろしたのではなく、政策の射程を広げたのだと思います。
これまでの中心は、NISAによる家計の資産形成、資産運用会社改革、アセットオーナー改革など、インベストメントチェーンを構成する各主体を強くすることでした。今回の戦略は、それらを企業の成長投資、事業再編、社債・ローン市場、PE・VC、地域金融、オンチェーン金融までつなぎ、日本経済全体の資金循環として組み直そうとしています。これは重要な進化です。ただし、同時に新しい緊張関係も生まれます。
政府は17の戦略分野を示し、官民金融機関による資金供給を促します。一方で、資産運用会社やアセットオーナーの責務は、あくまで受益者の最善の利益を追求することです。政策的に重要な産業と、リスク調整後リターンの高い投資対象は、常に一致するわけではありません。むしろ、資産運用立国が産業政策の資金供給装置に近づくほど、運用会社には政府の重点分野を追認するのではなく、投資先を選別し、適正な価格を発見し、資本規律を働かせる役割が強く求められます。
資産運用立国は、「貯蓄から投資へ」の次の段階に入りました。次に問われるのは、投資へ移った資金を、誰が、どの規律で、どこへ配分するのかです。政策が投資先を示し、運用会社がそこへ資金を流すだけなら、それは資産運用立国ではなく、官製資産配分になりかねません。受益者利益を守りながら、成長企業を選別する市場規律をどう機能させるか。そこまで設計できて初めて、「アップグレード」と呼べるのだと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17138584
【アセットマネジメントOne、「Oneマネーファンド」を設定 - 投信まるごとニュース】
大原のコメント→
マネーファンドの復活は、単なる債券商品の増加ではありません。証券口座に滞留する「待機資金」が、再び収益を生む資産になったことを意味します。
ゼロ金利下では、現金の置き場所はほとんど競争要因になりませんでした。しかし短期金利が上がれば、売却代金、配当前の資金、次の投資機会を待つ資金をどこに置くかが、顧客体験と収益性を左右します。
今後の銀行・証券間の競争は、預金か投信かという商品単位ではなく、待機資金を含む顧客資産全体を誰が囲い込むかに移るでしょう。金利の正常化によって復活するのは債券市場だけではなく、キャッシュマネジメントという忘れられていた利益プールなのだと考えます。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17148137
【GS Nasdaq-100 プレミアム・インカムETF(GPIQ)、運用資産残高8,000億円を突破 - 投信まるごとニュース】
大原のコメント→
カバードコールETFは、値上がり益を分配金に変える商品というより、投資家の不安を、運用会社の利益へ変換する装置と捉えた方が分かりやすいかもしれません。
インデックス運用の低コスト化が進み、単に市場を保有するだけでは運用会社が稼ぎにくくなる中、次の利益プールは「リターンの加工」へ移りつつあります。不確実な将来の値上がり益を、毎月受け取れる目に見えるキャッシュフローへ変換すれば、投資家には安心感が生まれ、販売会社には説明しやすい商品が生まれ、運用会社には新たな付加価値と収益機会が生まれます。
ただし、その分配金の原資は魔法ではありません。投資家が売っているのは、相場が大きく上昇したときの恩恵を受ける権利、つまり凸性です。「毎月もらえる」という分かりやすさの裏で、何を手放しているのかは見えにくい。
低コスト化によって消えたはずの手数料が、複雑性をまとって戻ってきてはいないか。カバードコールETFの拡大は、商品革新であると同時に、資産運用業界が次の収益モデルをどこに求めているのかを映す鏡だと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17148142
【Blackstone Rolls Out New Private-Market Funds—This Time With Vanguard】
大原のコメント→
バンガードがブラックストーン、ウェリントンと組んで個人向けプライベート資産ファンドを投入することは象徴的です。プライベート資産が借りるのは、バンガードの販売網だけではありません。「低コストで透明性が高く、いつでも売買できる」というブランドへの信頼です。
しかし、四半期ごとに一定額を換金できることと、資産自体に流動性があることは別です。平時には流動性があるように見えても、解約が集中すれば、換金制限によって原資産の本性が現れます。
プライベート資産の民主化とは、投資機会の開放であると同時に、流動性リスクの個人への移転でもあります。複雑性を消したのではなく、著名ブランドと商品構造の内側へ隠しただけになっていないか。アクセスの民主化より先に、リスク理解の民主化が必要だと思います。
https://newspicks.com/user/121187/?id=121187&ref=user_121187&sidepeek=news_17148246
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